「こちらなど無難でオススメですよ。ぜひご試着なさってください」
店員に勧められるまま、黒のスーツを試着した。
鏡に映る自分は何とも不格好で、お世辞にも着こなしているとは言えなかった。普段膝上のスカートなど履かないので、妙に落ち着かない。
「あのう、パンツスーツはありませんか?」
「このシリーズだとスカートタイプしかご用意がないんですよ。でも、面接の時にスカートの方が受けがいいですから」
「はあ、そうですか……」
腑に落ちないところはあったが、店に並ぶ商品の何がどう異なるのか分からなかったので、試着したものを一式購入した。

「何度も面談した子を泊めてる」。OB訪問用のアプリのメッセージ

大学二年生の冬、私は就職活動を始めた。就活生の間で「クリック戦争」と呼ばれるウェブ上での就活解禁はまだ一年も先だが、早めに準備するにこしたことはないと考えたからだ。
はじめに立ち塞がるのはエントリーシートだった。これを一枚書けばたくさんの企業にエントリー出来るが、魅力的な内容でないと書類選考で落とされてしまう。
どうするべきか悩んだ末、「OB訪問」をしてみることにした。卒業して既に就職している先輩を訪問し、話を聞かせてもらうというものだ。
しかし私に上下の繋がりなどなかったので、OB訪問用の無料アプリを利用することにした。卒業した大学を問わず、有志の先輩方が話を聞いてくれるという。早速気になる企業の人に依頼のメッセージを送った。間もなく返事があった。
「こんにちは、メッセージありがとう。〇大学の子なんだね」
「はい。Aさんの企業に興味があり、一度お話を聞かせて頂けないでしょうか」
「もちろんいいんだけど、他の子の面談もあって忙しいんだよね。夜22時くらいからでも大丈夫?」
「終電が早いのでちょっと……」
「僕の家が近いし、今まで何度も面談した子を泊めてるから大丈夫だよ!もちろん何もないよ」
このメッセージには既読をつけず、Aさんのことはブロックした。

有料の就活塾の実体は、飲み会、飲み会、飲み会だった

他の人ともやりとりをしたが、登録者は男性が多く、疑心暗鬼になってしまい結局アプリはやめた。きっと善意で協力してくれる人もたくさんいた……と思う。そう思いたいだけかもしれないが。
しかし、一人でもがいていてもエントリーシートは完成しないので、今度は有料の就活塾に参加してみることにした。安くない月謝はかかるものの、無料アプリより安全だと踏んだのだ。
「おい、キョーコ!こっちに来い!」
「あ、はい」
「阿呆、グラスが空いてるのが見えないのか!」
「すみません……」
「瓶ビールのラベルは上だ!そんなことも知らないのか!」
「すみません……」
飲み会、飲み会、飲み会。就活塾の実態はそんなものだった。

男女平等は本当?パワハラと接待のような飲み会を経験して学んだこと

偉い人や先輩の機嫌をとり、お酌をし、ツテで企業を紹介してもらう。ヒエラルキー上層部の人に嫌われてしまえば即終了、月謝を払っても何の意味もなくなってしまうのだった。
パワハラと接待のような飲み会に嫌気が差し、ここもすぐに辞めてしまった。この飲み会と月謝でかなりの出費になり、就活する時間を削ってバイトを増やすはめになった。私は何をしているのか。
結局大学の教授に頼り、エントリーシートは完成させることが出来た。はじめからこうすればよかった。
男女平等だと世の中は言う。果たしてそれは本当なのだろうか。社会を知らない学生でさえも、搾取しようと忍び寄る影がある。
一連の就職活動を通し、学ばせられることはたくさんあったように思う。