私の行動で妹に無視されるように。仲直りで気づいた敬愛の気持ち

私の生涯で1番思い出に残った喧嘩は、自分の野性的な行動力が仇になり、知らない間に傷つけてしまった喧嘩です。
この喧嘩は、年子の妹との思い出です。
私は何時からか、野性的な行動力がありました。
色々なバイトを経験して、体感しながら何が向いていて何を面白いと感じるかを探すのが好きでした。
ある日バイトを何にしようか迷っていた時、妹からコンビニのバイトに誘われました。妹と働ける事に面白さを感じ、直ぐに返事をして一緒に働きました。
環境に恵まれ楽しく働いていました。ですが私は、単純作業に違和感を覚えてしまい、早々に次のバイトにつきました。この時、妹は少し怒った様子でしたが、喧嘩にはなりませんでした。
私は怒っている理由を深く考えず、次のバイトにつきました。
色々試して、そしてまた次のバイトを探している時に、妹からまた誘いがありました。居酒屋で一緒に働こうと言ってくれました。
一緒に働く面白さに飛びつき、直ぐに返事をしました。
今思えば、この時点で自分の行動パターンを知っておくべきだったと後悔しています。やっぱり私の野性的な行動力は収まらず、また辞めて次のバイトについていました。これが火種になりました。
辞めたその日から、家で話し掛けても無視されるだけになりました。無視は妹の怒っている合図です。
無視された瞬間は残酷な一瞬です。その瞬間、凍った重みのある何かが私の体を刺す感覚でした。その後すぐに2人とも留年し、高校を辞めて、1人暮しをしていました。妹は違う高校に通い直し、私は働いていました。
会える機会もなく半年位経ちました。やっぱり高卒が欲しいと思い私は行き直せる高校を探しました。行き直せるのは、妹と同じ高校だけでした。私は喧嘩している事も忘れ、ただ会えることに喜びを感じ、そこに通う事になりました。
始業式の日、妹の姿が見えました。まだ怒っていました。ただこちらを見て何もなかったように通りすぎるだけでした。
最初に無視が始まったあの日の凍った重みのある何かが、また刺さりました。大好きな妹と一生話せないかもしれない不安に襲われ、とんでもない声量で妹の名前を呼んでしまいました。
妹から返答がありました。とんでもない声量で、話しかけないで欲しいと言われました。
ちゃんと謝りたいけど機会をくれない現実が悲しく、私の中の凍った重みのある何かが弾けて全身に突き刺さりました。始業式で校内にいることも忘れ、泣きました。
先生が来て誰もいない部屋に連れて行かれました。その後すぐ、事情を知った先生が妹を連れて来ました。仲直りしろと言われ、部屋は2人の空間になりました。
何故か妹も泣いていて、私は妹の顔を見た瞬間、妹以上に泣き顔を晒して謝りました。
妹は、寂しかった、一緒にいると言いながら直ぐに次に進む私を嘘つきだと言いました。
私は無意識の行動が何を傷つけたか知り、妹は言えなかった事を口に出来事て、喧嘩の話しはあっさり終わりました。
それよりも、話せていなかった間の出来事が気になっていました。空白の時間を埋める話を沢山しました。泣いて腫れた自分達の目を笑い、頑張っていた事を褒め合い、どうなっても憎みきれない感情を実感した時間でした。
妹が生きて頑張っている事を想像すれば、それが私の頑張れる理由になっていました。それは妹も同じでした。2人の相思相愛は確実で、健全な力を生み出す物だと感じました。
喧嘩に仲直りは付き物です。仲直りは、開放感と明るさに満ちたこの上ない瞬間です。
勿論喧嘩をしない事が1番ですが、そんな完璧な人は滅多にいません。喧嘩は誰にでもあり、その後の行動が大事になって来る事を学びました。
悲しくも、敬愛を感じた良い喧嘩の思い出です。
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