私は元コスプレイヤーである。
赤、青、黄、色とりどりのウイッグに、大げさなまでに引くアイライン、肌は透き通るほど白くして、独特なコスチュームを身に纏い、キャラクターのポ―ズを決める。
男性にもなれるし、魔法使いにも、妖精にもなれる。それがコスプレだ。
就活を始めたばかりの頃、就活に絶対必要のレディーススーツを羽織り、肌にまとわりつく気持ちの悪いストッキングに足を固め、ヒールでよろめき見た鏡に映る自分に、「これはコスプレじゃないか」と思った。

皆がしているから自分も流されるようにする。就活生のコスプレ

コスプレ界隈では「着ただけ」というのが嫌われる――これは言葉通りの意味合いで、キャラクターや作品を知らない人が衣装が可愛いからコスプレをすることを指す。
私は今まさしく「就活生」のコスプレをしていて、それも他の人のように入りたい会社や高い志があるわけではなく、皆がしているから、自分も流されるままにこの格好をしている、まさしく「着ただけ」だと感じた。
就活をしてから早5年の月日が流れているものの、私はこの最初に感じたざらつく違和感を今でもよく覚えている。

とにかく誰もが同じ格好。
就職説明会にやれ東京ビッグサイトや、幕張メッセに行くと皆が皆黒い群れ。カラスの軍勢。はたまた葬式か。
暑さを感じて上着を脱ぐだけで異質な存在として浮く光景には思わず眩暈がした。

それだけじゃない。
履歴書の名前の横にべったり張り付けられた私の顔も、もはや知らない人に見える。
そして埋められた言葉も、そう。志望理由なんて本当に心のまま書いているかは危うい、当たり障りのないことを書いている。自分の長所は盛りに盛り、短所は隠しに隠し、私の名前があるものの、これは私ではない。

「就活生」として、本来の自分をいかに塗りつぶせるかが重要だ

でも誰もがそうなのだ。
黒い群れが同じなのは服装だけではない。
就活に疎く学校の課題をこなし、サークル活動を楽しむことでいっぱいだったが、あの子もこの子も、みんな就活の時履歴書に記載できるからという理由でボランティア活動をこなしたり、履歴書に書ける資格を取り、自分の誇大広告を綴っていて、本来の自分ではなく、就活生として自分を偽っている……偽るというのはいささか言い方が悪いが、まさしく偽っているのだ。

自分のままだとどこの内定もとれないから。コスプレの化粧は人間らしさ、生身の血が通っている感をいかに潰し、二次元のアニメキャラクターに近づけるかが問われるけれどそれと同じ。本来の自分をいかに塗りつぶし、会社が、世間が求める一般的な就活生らしさを偽る。

「私が御社を志望した理由は企業キャッチコピーにもあるように、お客様の生涯の力になりたい、この業界随一のお客様からの信頼がある点に惹かれました」
面接でそれっぽい言葉を発しながら心の中では「お給料がよさそうで、福利厚生ちゃんとしてるからです」とVサインしている。

自分を偽って臨む就活より、個性を大切にした就活に変わればいい

就活をし結局大手の金融系の会社に就職したものの、2年半で退社をした。理由は簡単で、コスプレメイクは肌に悪い。落とさないと肌が荒れる。ウイッグはずっと被っていると頭が痒くなってしまう。アニメキャラクター用に作られた服は三次元の人間が長く着るには肩がこる。つまり、そういうことだ。

コスプレを脱いだ私は、本当の私とは別物だった、当たり前である。
私は魔法も使えないし、空も飛べない、二次元を生きていない。
それは、会社が求めている人間ではなかったのだから致し方がない。

私は思う、自分を偽って臨む就活よりも、もっと個性を大事にした就活に変わっていけばいいと。
黒いスーツじゃなくて、Tシャツ短パンでもいい、ゴスロリスタイルでも、すっぴんでも、ノーネクタイでもオッケー。
海外留学やボランティア経験も結構だが、大学4年間ジャニーズのライブに行きまくった話や、10キロダイエットした話も履歴書に書ければいいのに。

個性的。今はどうしてもネガティブな意味合いが見え隠れする言葉だ。
私は近い将来、自分らしい服装を纏う就活生に「忍足さんの頃は就活の時真っ黒な服だったんですか?えー、なにそれ。みんなと同じなんてつまんないじゃないですか」と言われる日を願っている。