喧嘩って、必要ある?
ネットには「お互いをより理解する為に……」とか書いてあるけど、何言っても無駄だってこともあるじゃん。
これが当時の私の本音だった。

父の不倫で、両親が離婚。笑顔で母に「大丈夫だよ」と言った

高校1年生の夏。母から「父と離婚をする」という報告を受けた。
理由はよくある、不倫。なんか、ゲームか何かで知り合った若いお姉ちゃんといい感じになって、新しい生命を授かったらしい。
あちらからすれば、歳の差の略奪愛に「うふふ、ロマンチック!」なんて思っていたのかもしれない。ただ、それを聞いた私は、バズーカで身体の真ん中をズドンッと打ち抜かれて、奈落の底に落とされたような感覚だった。
そんな私に母は笑顔で「大丈夫だよ」と言う。でも、今、世界で一番悲しいのは母だ。余計な心配をかけてはいけない。
そう思って、抜け殻のまま「いいよ、離婚しちゃおう」と言った。

「オシドリ夫婦」とか言われていても、こうなることもあるんだなあ。どうして私たちを捨てたのかなあ。知らないお姉さんの方が大切になっちゃったのかなあ。
まあ、仕方ないのかあ。男ってそうなんだもんね。ネットに書いてたもん。
何も考えられなくて、夏休み中はひたすら掲示板を開き、「男」「浮気」「腹違い」「離婚」などの記事を眺めていた。そのせいで、男性に対する嫌悪感がますます強固になっていった。

怒りを通り越して、悲しい。「家族」が終わったことを感じた

夏休み終盤。父が子どもだけを夜ご飯に誘った。
仲が良かった我々家族は、誰かの提案を断ることがほぼなかった。だからその時も例に漏れず参加したのだが、本当は行きたくなかった。だって、「やっぱりお父さんが好き」って気づいてしまったら、もう立ち直れない。
最後の晩餐は普通に楽しくて、ご飯も美味しくて、ファンモンの音楽をみんなで聴きながら帰った。そんな時間を過ごして、やっぱり気づいてしまった私は、後部座席で隠れて少し泣いた。

帰宅。ふと父の顔を見ると、先ほどとはうってかわって、硬い表情をしている。それを見て、口の中が痺れて苦くなった。
リビングでみんなが集まると、父はポツリと話し始めた。
「聞いたかもしれないけど、お母さんと離婚する」
うん、知ってる。
「今度からあんまり会えなくなるかもしれない」
うん。
「でも、お前たちが会いたいと思ったら、会いに来ていいから」

怒りを通り越して、悲しい。へえ、そっか。父からは会いに来てくれないんだ。
静まり返ったリビングで、どうにか涙を堪える為に、掲示板の面白かった記事を思い返していた。
隣にいる姉は、しれっとした顔でケータイで遊んでいる。妹はソファで啜り泣いている。父は……俯いている。この光景を見て、私はいよいよ「家族」が終わったことを感じた。

「自分ばっかり逃げないでよ」。初めて酷く意地悪な言葉を吐いた

10分ほど過ぎて、ようやく私は悲しみから怒りへ戻る。
なんて自分勝手な男なんだ。なぜ私たちを捨てたのに、最後まで良い父親としていようとするのだろう。結局、嫌われたくないからなのだろう。本当に狡い。
私は、父を洗面所へ呼び、そこで初めて酷く意地悪な言葉を吐いた。

「何で離婚するの?」
「……他に好きな人ができたから」
「知ってるよ。赤ちゃんいるんでしょ」
「……」
「私とお姉ちゃんは知ってるよ。でも、妹は知らない。なんで離れ離れになっちゃうのかわからないんだよ。だから、ずっと泣いてる。謝ってきてよ。何でこうなったかちゃんと理由を言って。自分ばっかり逃げないでよ」
「……」
「でも、妹はまだ子どもだし、お父さんが自分の意思で言わない方がいいって思ってるんだったら、別に言わなくても良い」

そう言って、父を洗面所から追い出す。ドアを閉めた瞬間、嗚咽混じりに泣きじゃくった。酷い父親、酷いことを言った自分、可哀想な家族……。何もかもが嫌になった。
めちゃくちゃに泣いてしまったせいで、リビングに戻った父が、本当に妹に理由を説明したのかどうかは、わからないままだ。

あれから6年の月日が経った。もしかしたら、あれが人生で初めての喧嘩だったのかもしれない。自分自身が大人になると、実は不倫や浮気なんてこの世の中にはたくさんあるのだと知った。
相変わらず父親は許せないけど、正面から嫌な気持ちを伝えたことによって、未来の私はスッキリとした諦めを抱くことができた。あの時もし何も言わないままだったら、きっと今でもコンプレックスを感じ、憎んでいるのにファザコン、というめんどくさい女が出来上がっていただろう。

喧嘩は「お互いを理解するため」だけではなくて、「気がつかなかった自分自身の気持ちにも向き合える」こともメリットなのかもしれない。