高校の卒業式当日、私の目は朝から腫れていた。卒業の感傷に浸って前夜に涙を流したわけではない。父と喧嘩したのだ。

幼少期は父が大好きで、怒られるのは自分が悪いからだと思っていた

私の父は酒癖が悪く、すぐに怒る。外食に行けば店員に文句を言い、親戚で集まれば「気に食わない」と怒って帰ってしまう。そんな父親であるから家の中ではさらに酷かった。19時に夕飯の準備ができていないと怒鳴り声を上げ、私たちが毎日繰り返される父の話に飽きてテレビを見ようものなら味噌汁が飛んでくる。終いにはその全てを「お前の教育が悪い」と母のせいにする。
そんな父だが、私は幼少期は父が大好きだった。土曜日の幼稚園の迎えは父の役目で、それが嬉しかった。日曜日には様々なところに連れて行ってくれた。その頃からよく怒鳴っていた父であったが、怒られるのは怒られる方が悪いことをしたからだと、小さな私は疑問を抱くことなく思っていた。どこかの夏祭りで似顔絵を描いてもらう出店で妹と弟が一人で描いてもらっている中、「父と一緒に描いて」と泣いてせがむくらいには父っ子だった。
しかし、成長するにつれ父が怒る原因が理不尽なもので、毎日のように怒るのはおかしいことなのではないかと思い始めた。
それが確信に変わったのは中学2年生の頃だった。
「夕飯なんて30分で終わるよ。」
友人のその言葉に衝撃を受けた。
「父親に怒られたことないかも」
その友人はさらに衝撃を与えてきた。
当時の私は『父親』という生き物はいつ怒るかわからない生き物で、『夕飯』は父親の説教を聞く時間。短くて1時間、長いと3時間にも渡るものだと思っていた。それが普通だと。

卒業式の前日も母を説教する父に耐えられず、口答えしてしまう

高校生にもなると部活が忙しくなり、家族と夕飯を共にすることも少なくなった。しかし父親の説教は相変わらずで、思春期真っ只中の私は頻繁に喧嘩をした。大学推薦を左右する大事な定期試験の1週間前に母親と妹弟と家を追い出されたり、部活の大会の前日に0時過ぎても正座で説教された。

卒業式の前日も父は母を説教した。私が春から一人暮らしをするアパートを決めるのが遅かったことが気に食わなかったらしい。父はいつも文句を言うだけだ。具体的な行動を起こさなければいけないのはいつも母。そして、それが遅いと文句を言う。
私にも非はあった。私が住む家なのだから私が動かなければいけない。でも何をどうすればいいか分からず、バイトに明け暮れた。
「お前の教育が悪いからだ」
父は私の教育や躾に関わってこなかったのだろうか?影響を与えたことはなかったのだろうか?
それまでだんまりを決め込んでいた私は、その言葉を聞いて口を開いた。
「明日の卒業式来るなよ」

卒業式の朝、いつも通り親友と登校した。顔を見るなり、
「また喧嘩?」
高校3年間で何回こんなことがあっただろうか。入学当初、目を腫らす私を見て、親友はどう声をかけようか迷っていたが慣れてしまったようだ。
「遅いかもしれないけど目冷やしな」
学校に到着してすぐにハンカチをトイレの水道で濡らして持ってきてくれた。
(せっかく証書授与代表に選ばれたのに、この顔を700人近くの前に晒さないといけないのか。)と、絶望と親友の優しさにハンカチの下で涙を堪えた。

最後のHRが終わった。
親友は高校の近くにある母親の実家に行かなくてはならないらしい。
母は部活の保護者会の集まりに行くらしい。直帰するか。
もう使うことのない机の中を確認して、友人や後輩、先生からのメッセージで溢れた卒業アルバムを鞄にしまった。
「一緒に帰るか?」
父だった。『普通の優しい親です。』みたいな顔をしている父親に怒りがフツフツと湧き上がった。
「なんで来たんだよ。よく来れたな。」
クラスメイトやその親がこっちに注目する。それでも構わず父に暴言を吐き続けた。
「帰らねぇよ」
教室を後にして親友と部室に向かった。

卒業式をぶち壊した頃と変わらず、説教する父と応戦する私

先日、実家に帰った。また父親は怒っている。
「お前はなんにも覚えていない。やられた側は覚えてるんだよ」
最近父が母を非難するときによく使うセリフだ。
「俺は覚えている。アミが卒業式の日、喧嘩して一人で帰ったこと」
父が母を説教しているのを聞き流してテレビを観ていたら、向かいの席から流れ弾が飛んできた。母は少し耳を貸しながら、一点を見つめていた。目に入った皿の豆の数を数えていたらしい。30年近く家族をやっていると諦めがつくらしい。しょうがない、応戦しよう。
「それ、なんで私が怒ったか覚えてる?」
父は答えられなかった。

卒業式は友人との思い出より父親の存在感が濃い記憶になってしまった。本当だったら少し恥ずかしがりながら、「ありがとう」と言える親子関係がよかった。あんな形で最後にクラスメイトの注目を集めたくなかった。

しかし父よ、私は諦めない。
あなたがいつか私が怒った理由を思い出すことを。母に責任転嫁することがなくなることを。
次は私があなたを説教する番だ。丸くならないと老後の面倒見てやらないぞ。