「早く大学生になりたい」
いつからだろうか、私はずっと、そう思っていた。
正しくは、「大学生になりたい」のではなく、「地元を離れたい」であっただろうか。
地元は程よく自然が豊かで、繁華街も比較的近くにある。
家族も仲の良い方だと思うし、気の置けない友人もいる。
そんな私が地元を離れたかったのは、何となく、つまらなかったからだ。
地元を離れたい一心で受験。なのにコロナで「かわいそう」な大学生に
大学受験を迎えた私は、地元から遠く離れた大学を受験した。一度は私に一人暮らしをさせたいと考えていた父の快諾も得て、無事に合格した。
しかし、私がなれたのは、「かわいそう」な大学生だった。
未曾有のウイルスが蔓延したことにより、来る日も来る日も自宅でパソコンと睨めっこをする大学生。もちろん、夢にまで見た「地元を離れる」ことは実現できず、自他共に認める、家の番人となった。
テレビを見れば、さまざまな人が、2020年に入学した大学生はオンライン漬けでかわいそう、と言う。
いいえ。私は、かわいそうではない。
せっかく大学生になったのに、地元を離れられなかったから「かわいそう」なのだ。
授業が始まって数週間はそんなことを思い続けていた。
しかし、山のように出る課題のおかげでそんなことを考える暇はなくなり、ただ黙々と「かわいそう」な大学生をしていた。
一人暮らしで思い出す実家の日常
大学生になって二度目の秋となった2021年の9月某日、ついに私は地元を離れ、一人暮らしを始めた。
朝起きて、高校生になっておしゃれに目覚めた妹のヘアアレンジをする。
上半身を繕い、授業に参加して、課題に取り組む。
母や祖母が作ってくれた、もしくは自分が作ったごはんを、母と、祖母と、もしくは一人で食べる。
母が、祖母が、もしくは自分が後片付けをして、急いで授業に戻る。
授業が終わり、再び課題と格闘する。
「ごはんですよー」と呼ばれたら、ダイニングに向かう。
テーブルには色とりどりの温かいごはんがある。
みんなで談笑しながら夕食を食べる。二日に一度は涙を流すほどの大笑いをしただろうか。
食後には、仕事終わりの父に頼んで買って来てもらったアイスを、みんなで食べ比べる。
歯医者で働き、感染予防で着けるヘアキャップで首が荒れた母が薬を塗布するのを手伝う。
週末には父と出掛け、車で20分のコーヒーショップで買った、ちょっと甘めのカフェラテを片手に用を済ませる。ドリンクホルダーには父のコーヒーが置かれている。
私は「かわいそう」なんかじゃなかった。いまはそう言える
地元を離れて1ヶ月、私の当たり前は当たり前ではなくなり、ふと地元での生活を思い出す。
地元での生活は、つまらなかったのではなく、私が何にも気づいていなかった、ただそれだけだったのだ。
念願叶って一年半越しに一人暮らしを始めた私。
コロナ禍でかわいそうだと言われた私、「かわいそう」だと思った私は、地元が好き、家族が好きだと胸を張って言えるようになった。
こっちでの生活は、やっと大学生になれたようで楽しいけれど、地元が、みんなが大好きだよ。
私は「かわいそう」なんかじゃない。
そう言い切ることができるようになった私が、私の自慢だ。