友人A、Bと卒業旅行に行った時の話。
シャンゼリゼ通りのオシャレな店は、オニオンスープが1人前1400円した。格式高い店に入ってしまったのだ。

飲み物を頼まないという友人。頼んだほうが良いと言っても頑固で…

こういう店では飲み物も頼むべきと本に書いてあった。見るとコカコーラが500円もする。高いが、この時のために週9でバイトをしてきたのだ。Bは水を頼むようだったが、Aは胸を張り「いらない」と言った。「こういうお店は飲み物を頼んだほうが良いよ」と言ったが、Aの胸は張ったままだった。

「ううん。私は500円も払いたくないの」
社長令嬢で我が儘育ちのAの意思は固い。注文の時、飲み物は2人分かと聞き返されて恥ずかしくなったが、英語が一切分からないAが堂々としているのを見て、いっそう呆れてしまった。

コーラは、瓶に海外特有の美女のイラストが描かれていてオシャレだった。店員が立ち去ると、Aはすかさず「羨ましい!」と放った。
私が購入したものが来て何が「羨ましい」のか?疑問だらけだった。「今からでも頼めば?」と言ってみたが、Aは静かに首を横に振り、「だって500円もするんだよぉ?」と猫撫で声を出した。

冷めていく心。嫌な予感は的中し、「一口ちょうだい」と言われた

心が冷たくなっていくのを感じた。Aは更に「急にお腹いっぱいかもぉ」と続けた。そもそもスープが飲みたいと言いだしたのはAだというのに。
私たちの間には冷たい空気が流れていた。実際、寒かった。

何よりも見た目のオシャレさを重んじるAが、反対する私とBを押し切ってテラス席を選んだのだ。昼間とはいえ、パリの12月の冷気は身に染みた。Aはアルミホイルのようなダウンをガサガサといわせながら震えていた。オシャレを求めすぎてダサくなるなんて教訓じみていると思った。

心の芯まで冷え切る直前にスープはやってきた。濃い味付けがコーラとよく合う。Aは一口食べて「しょっぱ~い」と言った。周りに日本人がいないことを祈った。いや、むしろ日本語のわかる屈強な戦士にどつかれますようにと懇願した。

Aはしばらく食べ進めてから眉間に皺を寄せた。
「喉乾いちゃった」
「飲み物頼めば?」
「え~、500円もするもん」

嫌な予感がした。
「ねぇ、一口ちょうだい?」
当たった。
私はこの一口ちょうだいが大嫌いだった。
「嫌だ」
「何で?」
「これは私のだから」
ずっと黙っていたBが「私の水、半分あげる」とAに言った。助かった、と思ったのも束の間、「私、水は嫌いなの」。

友人の頼みに完全に振り切れた怒りのゲージ。口から出たケチの言葉

Aの話している言葉が一瞬わからなかった。しかし、Aは万国共通の常識というような顔で「だからコーラが欲しいの」と悪びれずに言った。怒りゲージが上がるのを感じた。
「尚更自分で頼みなよ」
「お願い!喉が渇いているの!1エキスだけでも良いから」
エキス、というワードによって私の怒りゲージは完全に振り切れた。

「とにかく嫌だから!」
「だって高いんだもん!」
「私だって高いと思ったけど買ってるじゃん!」
「ケチ!」
ケチはそっちだ!と思った、つもりがどうやら口から出ていた。

「ケチなのはそっちじゃん!」
「何で怒るの?ひどい!」
「私は旅行のためにバイトして、節約して、そこから捻出したお金で買ったの!Aは親にお金出して貰ってるのに何で500円ぽっち出せないの?」
止まらなかった。

「一口だけって言うけど、人が買ったものを無償で貰おうとするの意地汚いよ!乞食じゃないんだからさ」
「だってコーラが飲みたいんだもん!でも絶対に500円も払いたくないんだもん!やだやだやだ!!」
「私だって絶対にあげたくないから!嫌だから!」
テラスという歩行者から見やすい場所でアジア人が言い合っているのは妙な光景だっただろう。視線が集まっているのも構わずにAと私は睨み合った。
耐えきれなくなったのはBだった。
Bは店員を呼ぶと、コカコーラとコップを2つ注文して、半分Aにあげていた。Aはお礼もそこそこに、コーラを飲んでポロポロと泣き始めた。「美味しいよぉ」。

旅行に行く前に「金銭感覚」と「一口ちょうだいを言うタイプか」をチェックするようになったのは言うまでもない。