愛しのフェルメールへ

いつも気怠げに絵を描く彼女は、フェルメールのようだった

中学三年生の私は美術科高校を目指していて、受験対策のため画塾に通っていた。
誰よりも上手くならなければならない、そんな思いで日々デッサンに励んだ。
いつも気怠げに絵を描く同い年の女がいた。
絹のような黒々とした髪から甘い香りががほのかにして、いつも黒のブーツを履いていた。
そして誰よりも美しい絵を描いていた。

先生も彼女の絵の美しさに感動していた。
「彼女の描く光はまるでフェルメールのようだ」
そして私は志望校に落ち、彼女は合格した。
その後の塾の卒業パーティーで私の近くに彼女が座った。
私に彼女は「大人っぽくて誰かと思った。綺麗」と伝えてきた。
彼女は相変わらず黒いブーツを穿いていた。私は春色のパステルカラーのトレンチコートに身を包み、「ありがとう」とだけ言った。

合格したら彼女と一緒に高校に通える。ずっと何処かで望んでいた。
でも画塾から離れれば彼女は私の事などすぐに忘れるだろうと思っていたから、静かに私は別れた。
この時、私は彼女が好きだったんだと今なら分かる。

彼女の個展で尋ねた住所。彼女から届いた手紙には「会おう」の返事が

大学に入学してから、彼女の個展が開かれていることを知った。
ガーベラの花を持って彼女の個展に向かった。
緑の綺麗な場所で彼女の作品は飾られていた。

ガーベラはカバンの中に隠した。
帽子をまぶかに被り、彼女の作品を見た。
そのまま帰ろうとしたのに私は彼女に声をかけていた。
彼女が「来てくれたんだね」と一言いってくれた。
彼女の住所を聞いて、その日は別れた。
後日手紙を交互に出し合った。
会おうと手紙の返事をもらった。
私は会うのが怖かった。
彼女に高校の同級生の彼氏がいることは知っていた。
それから、手紙の返事を書けなくなった。

あなたに会うことが辛いと手紙に書いていたので、彼女から催促の手紙はこなかった。
今の私をみられるのが怖くてたまらない。何も成し遂げられていない。
あなたと二人で話して私の気持ちが燃え上がることが、怖くてたまらない。
きっと私は淡々と笑顔で話せるから彼女は優しい微笑みを返してくれるし、この気持ちを話したって彼女は静かに受け止めてくれるから、ただ私が乱れるのだろう。
自分が苦しくなるのが怖くてたまらない。

彼氏から奪い去ってしまいたいなんて思わない。私は幸せそうな彼女が好きだから、彼女にはただ今のまま幸せでいて欲しい。
静かに彼女の手紙を読み返す喜びが私にはあるのだから。
もう、それでいいんだよ。

ただ祈るあなたの幸せ。6年前の恋をクッキー缶に閉じ込めたい

あぁ、私のフェルメール。
私の事など気にも止めず、ただあなたの幸せを祈っています。
綺麗事ばかり言って、自分を正当化したくてたまらない。
綺麗な感情ばかりじゃない、あなたに触れたくて指先までほてっている。
あなたの嫋やかな手に触れたい。

時々あなたを思い出しては涙が溢れそうになり、自分で自分が嫌になる。
本当は彼女からの手紙もゆっくりなど読めたことがない。
嬉しくて恥ずかしくなって、いつもしばらく開けられない。
読みだしても早く読み飛ばしてクッキーの缶のなかにしまってしまう。
読み終わってからしばらく鼓動が鳴り止まない。
恥ずかしくなってクッキー缶の近くにも寄れなくなってしまう。
そんな私はまだ、彼女への返事が書けていない。

6年前の恋もクッキー缶に閉じ込めてしまいたい。
これからも私はフェルメールの絵を見るたび、彼女を思い出して足を止めるのだろう。
そして押し寄せる人に流され、歩き出すのだろう。