思い出さないように、自分が辛くならないように、脳内のゴミ箱に入れたはずの嫌な記憶が夢に出てきた。
あの日に戻れたなら私はどうするだろう。

パートとして働き出して2年が過ぎたころ、上司に呼び出され言われた。
「お前がうちの会社の人の悪口を言って回ってるって言ってきた人がいる。その人たちの話を全部信じるわけじゃないけど、お前は他の人より目立つから、少し気をつけて欲しい」と。

「昨日」の話に、親しい人の不自然な態度。誰が言ったか気づいた

身に覚えが全くないかと言われたら嘘になる。
悪口を言って回っていると言われると、それはちがうと言いたいけど、信頼しているいつも一緒にいる人に愚痴を言うことはある。
でも、それを悪口を言って回っていると思った人がいるなら反省しないといけないと思って、その日は家に帰った。

職場は、全員と顔見知りになるのは難しいほどたくさんの人がいる。
「親しくない人が聞けば、私がその日起きた事実を話していたとしても悪口に聞こえるだろうな」
「もう職場で愚痴は言わないようにしよう」
たくさん反省した。
誰が上司に言ったかなんて気にならなかった。

次の日、仕事が終わって靴箱に向かっている時、私の存在に気づかずに、目の前で男性社員が言う。
「昨日、話があったんでまた何か言うようだったら……」
話の途中で私の存在に気がついた彼は言葉を濁し、相手の女性は、私と目が合った瞬間、靴を手に持ち、
「あれ、私の靴箱どこ……あれ……わかんなくなっちゃった。あれ……」
と言いながら、右往左往しだした。

あきらかにおかしい態度と「昨日」「話があった」というワードに「あ、この人が言ったんだ」と気がついた。
その人は入社時期も同じで漫画の貸し借りもし、相手の愚痴もたくさん聞いた。
毎日一緒にご飯も食べる仲で親子ほど歳の離れた人だった。

「人は何考えているか分からない」と言われても、気づかない鈍感な私

気がついてしまったから、本当にこの人が言ったのか確認したくなって、別の社員さんに、
「今まで通り休憩時間一緒にいるのは辛いから、私が思っている人が当たっているなら教えて欲しい」
とお願いした。
やっぱり当たっていた。
休憩時間は、私とその人と、その人と同年代の女性2人の4人でずっと一緒にいたから、
「他の2人とも一緒にご飯食べられなくなるのは悲しいな。2人とも優しいし……」
と話すと社員さんは、
「でも、人って何考えてるか分からないから……本当に優しいかどうかはわからないよ」
と言った。

勘のいい人なら、こう言われた時点で他の2人も一緒に言っていたことに気づくでしょ?
鈍感な私はまだ気が付かない。
「でも優しいよ」と言い続ける私に、呆れたようなどうしたもんかというような表情をしながら、
「傷つくかもしれないけど本当のことを言うね。1ヶ月くらい前に、3人が一緒に言ってきたんだよ。悪口を言って回ってるって言った後に、あの子だけ時給が高いんでしょ?特別なんでしょ?だからこんなことしていいわけないよね?って。
悪口を言っているからどうにかしてってことじゃなくて、時給が高いことをしつこく言ってきたんだよ。誰かに時給の話した?」

私はほんの少しだけ3人より時給が高かった。
でもズルをして時給が上がったわけじゃない。
みんなとは別の仕事も任されていたし、一生懸命働いてきたことを会社が認めてくれただけ。
それに時給のことは誰にも言っていない。

信頼する人が嘘を伝えていた。しかも1か月も前に。私の心は壊れた

知っている人といえば、あの人と話していた男性社員くらい。
彼以外から私の時給があの3人に伝わることは絶対にない。
他の社員さんから時給について他の人に言ったらダメだよ、と念を押されていたから。

その社員に聞いたり、注意することもできるけど、どうしたいかと聞かれた。
これ以上の面倒ごとに巻き込まれたくないから、もう何も言わないでとお願いした。

3人ともが言っていた。しかも1ヶ月も前に。
この1ヶ月何も知らずに毎日ごはんを一緒に食べ、相手が話す愚痴もたくさん聞いていた。
呼び出された日だって、あの人は私のそばに近寄ってきては、人の悪口を言っていた。

全てを知った日から私の心は少しずつ壊れていった。
ご飯が食べられなくなり、どんどん痩せていった。
出勤前行きたくないと泣き、家にいる間も思い出しては泣き喚き、人から見えない場所に傷を作るようになった。
そんな私を旦那は心配し、仕事を休んだらどう?と言ってくれていた。
何か言われていたことより、そのことに気づかずに一ヶ月過ごしていたことが何より怖かった。
どんどん痩せていく私を見たあの3人のうちの1人が、誇らしげに大声でこう言った。
「私、ほんっっとにいい仕事したよねー!!」

あの日に戻れたらケタケタ笑う3人に立ち向かい、はっきり言ってやる

何年もいっしょにいた優しいあの人は、私の時給を知った途端、悪魔のようになったのか。もともと悪魔のような人が、たまたま今まで姿を隠していただけ?
その言葉を聞いた日の夜、私はお風呂場で倒れた。
ばたんと大きな音に驚きお風呂場に来た彼は、傷だらけの体をそのときはじめて見た。
目を覚ました私に彼は、「もう仕事は行かせない。やめさせる。こんな状態になってまでいく必要はない。もう連絡したから行かなくていい」。
彼の行動にびっくりした。でもありがたかった。
彼が行かなくていい状況を作ってくれなかったら、私は倒れてもまだ仕事にいっていたと思うから。

あの日に戻れたなら、今日見た夢のように私を見てケタケタ笑う3人に立ち向かい、
「そんなことしてる暇があるなら、仕事を一生懸命して時給を上げて貰えば?あなたたちみたいなことする人が私の親じゃなくてよかった」
と、はっきり言ってやる。