はっきり異性として意識したのはいつからだったろう。
憧れが恋心に変わる瞬間を、私はいつだって見逃してしまう。
だけどあの恋心が過ぎ去ったあとの残像には、確かなあたたかみがある。
それは今までも、きっとこれからだって。

夏と冬に現れる、季節限定の兄のような従兄弟に恋をした

彼との思い出は断片的で、だけどひとつひとつを鮮明に思い出すことができる。
虫取り網を片手に追いかけ回した蝶々や、いつまで経っても釣れないザリガニを待ちぼうけた夕方。
夜、誰にもバレないように屋根に上がって一緒に見上げた夏の夜空も。
当時流行りのゲームボーイアドバンスを持ち寄って、隣同士こたつに入って夜までピコピコ遊んだり、ふたりでよく押し入れに入ってかくれんぼをしたものだ。
暗くて、かび臭くて、隙間から薄らと入るひかりが中で舞う塵をきらきらと照らしていた。
鬼が近づけば息を止め、去ればお互いの位置を確かめるように、安心してゆっくりと息を吐いた。
それから一度だけ、唇がかさなるだけのキスをした。

いたずらっ子だった彼はしょっちゅう祖父に怒られていて、ときどき私も一緒になって走って逃げて、そのあとで可笑しくなってふたり笑い合った。
どこへ行くにも私の手を握って、たくさんの知らない世界を教えてくれたひと。
まだ幼かった私にとって、夏と冬だけに現れる季節限定の兄のようだった。

初恋───。
私は従兄弟に初めての恋をしたのだ。

「男」の顔を感じ泣きたくなった時、恋心は芽生えていたのだろうか

私より4つ歳上の従兄弟。
そんな従兄弟といちばん歳が近かった私はよく可愛がってもらったものだった。
かっこよくて、何でもできて、いつだって私たちの前を颯爽と歩くヒーロー。

幼い頃は毎年会えていたけど、父の転勤の関係で会えない年が続いた。
それでも久しぶりに会えば、一緒にゲームをしたり花火をしたり、結果的にそれが最初で最後になったけど、従兄弟同士4人で同じ布団に入って夜更かしだってした。

だけど何かが確実に変わっていた。
背丈はぐんと高くなり、変声期を終えた声は低く、今まで意識してこなかった「男」の面が見えはじめていたのだ。
同じ布団で眠って目覚めた次の日の朝、隣で眠る従兄弟の端正で無防備な寝顔を見ながら、胸が締めつけられて泣きたくなるような気持ちになったことを覚えている。
あのときには恋心が芽生えていたのだろうか。

それからお互い歳を重ねるごとに、会っても話をすることは少なくなり、気づけば遠くからそっと眺めるだけという時間が多くなっていった。

滲んでしまった恋心も、まっさらに消えてなくなることはない

食後にスイカを頬張りながら、テレビから流れるバラエティ番組を観る彼の「ふふっ」と笑う小さな声にときめいたり、元日の午後、親族がこたつを囲んで昼寝をする時間に、規則正しい呼吸に合わせて上下する肩と、ぐっすり眠る横顔をこっそり眺めて胸がどきどきするのを感じたり。
そういう一瞬一瞬が、当時の私にとってはかけがえのないものだった。

スポイトで水滴を垂らしたあとのように、滲んでしまった淡い色。
きっとあの頃の恋心に色をつけるなら、そんな類のものになるだろう。

叶うことも、伝えることもなかった片想い。
叶わないと分かっていたから、特別だった片想い。
滲んでしまった恋心も、まっさらに消えてなくなることはない。
ただ昔のちょっぴり恥ずかしい思い出として、あたたかいものはあたたかいままで、今も大事にしまっておくだけなのだ。

今度会えたら何を話そうか。
少し照れくさいけど、大人になった今ならきっと、恥ずかしがらずに話せる気がする。

どうか、私の初恋のあのひとが幸せでありますように。
そしていつかお互いの恋話ができる日が来てくれますように。