私が父に伝えたいこと。結婚へのコンプレックス。
父親に少しでも似ている要素があると、すぐに男性と別れてしまう。

仲の良い親子に見える父娘。過去に遡ると父に毎日怯えていた

27歳独身の私。父親は私に甘く、実家に帰ると私好みのお菓子が用意されていて、帰りにはいつも手土産をくれる。毎年クリスマスが訪れると、サンタさんからのお菓子入りの紙袋がいまだに玄関にかけてある。共通して福祉関係の仕事をしている父とは、今となればとても気が合う。とても仲の良い親子だ。

だけど過去にさかのぼると、私は父に毎日おびえていた。
今では、強気な母親も、父親の激しさに毎日おびえていた。

両親の不仲な姿をみていたから、27歳になった今、未だになかなか結婚に踏み込めないでいる。
結婚願望は、正直とても強い。家事育児を手伝ってくれる良心的な旦那さんと、一緒に家族を作り上げていくのがわたしの夢だ。

しかし、それとは正反対に、彼氏ができると、すぐに父親の悪いところと共通する部分を無意識に探していて、すこしでも当てはまると、なぜかすぐに気持ちが冷めてしまう。そして2カ月もしないまま必ず別れてしまう。

両親の不仲へのコンプレックスは、思った以上に心の傷となっているみたい。
大人になって色々気づいたけれど、あの頃の父親は間違えなくDVモラハラ男、そしてネグレクトな両親だったなぁ。

時間の経過、そして自分の成長とともに、父親も丸くなって、落ち着いてきた。子供も成長するけど、親も成長しているんだなぁと感じる。
27歳現在、考えないようにしても、恋愛すると、どうしても過去の壁にぶちあたるんだよなぁ。そんな自分と日々葛藤し、闘っているところ。

父と顔を合わせたくなくて、机の下に隠れていた幼少期

私は、幼いころ男性が怖かった。男性への恐怖心を抱いてしまった理由は、間違いなく気性の激しい父親の影響だ。

父親と母親はなぜかいつも喧嘩をしていた。母親の悪意のない些細な一言で、中二病の子どものようによく気分を大きく損ねていた父親。父親は腹を立てると物を蹴ったり、お皿を投げたり、ひどいときには、子ども目の前に容赦なく「でていけー」と2階から布団、枕、毛布を投げ落とされて、家の外に避難したこともあったなぁ。

気の弱い母親は、口答えすることもできずに喧嘩に勝てることもなく、いつも怯えていた気がする。
そして、黙って両親の機嫌を伺う、7歳と5歳の離れた姉たち。
私はというと、恐ろしい父親と顔を合わせたくなくて、保育園性の頃、毎朝2階の階段から父親が降りてくる足音が聞こえると、机の下によく隠れた。時には、別の部屋に隠れて、顔を合わせられない日もあった。3歳だった私は、もちろん父親には立ち向かえない。
その時の私は、その光景が当たり前だと思って生きていた。
それが家族のあるべき姿だと思っていた。

どこからどうみても、おかしな日常だ。
だけど、それが私にとっての普通の朝だった。
あんなに幼い日々の様子だけど、鮮明にあの頃のことを覚えている。

友達の家に泊まったとき、初めて優しいお父さんがいることを知った

小学生になった2年生のある日。私は、両親公認で、友達の家に初めてお泊りした。
父親、母親、兄、友達、弟の5人家族だった。自分以外の家族と過ごす時間は初めてだったからいろいろな衝撃を受けたことを覚えている。

その時に私は、初めて知ったんだ。世の中に、優しいお父さんっているんだなぁ。
亭主関白な家庭しかイメージできなかった私には、本当に衝撃的だった。
友達のお父さんとお母さんは、ふたりで冗談を言い合ったり、お父さんが、ご飯をテーブルまで運んできてくれたり、洗濯物回していたり……我が家では絶対に見ることのできない大人の姿だったので、すごく感動した。

すっごく怖かった父親も、年齢とともに少しずつ性格も和らいでいった。
一番のきっかけは、犬を飼いはじめた頃からかな。
世界に一人だけの父親。家族関係で苦しい時期もあったけど、27歳になった今、何不自由ない裕福な独身生活をおくれているのは、間違いなく、父親が毎日一生懸命働いてくれて、稼いでくれたおかげだ。

私の父親、母親は世界でたった一人。奇跡でできた私たち

今考えてみると、夫婦喧嘩はあっても、父親が仕事の愚痴をこぼしている姿は、一度も見たことがない。「疲れた~」と呟く姿も見たことがない。
大人になってわかるけど、父の姿は昭和の父親モデルそのものだった気がする。ちょっと不器用で厳しすぎたお父さんだけど、間違いなく私たちを素敵な未来に導いてくれたし、愛してくれていたし、今でも愛してくれている。

あの時の厳しさのおかげで、正直、人よりもメンタルは強い気もしている。
お父さんに伝えたいことは、「ありがとう」だ。
そして私の父親、母親は世界でたった一人。私たちは奇跡でできている。
離婚なんて簡単にできる世の中なのに、途中で父親辞めずに、途中で母親もやめずに、お互い頑張ってくれてありがとう。

だけどやっぱり幼いころの心の痛みは、なかなか癒えないから、父親とは正反対の人と結婚するんだろうなぁと心の奥ではどうしても思ってしまいます。
ごめんね。

だけど愛しています。