私は大学生の頃からコスプレをしている。自然と仲良くなったコスプレイヤーさんは多い。
その中の1人に、とても魅力的な女性がいた。
ボーイッシュで、優しくて、そしてレズビアンに好かれるような女性だった。

私を信頼した彼女からの相談は、奇しくも私の気持ちへの牽制球に

彼女は「学生の頃から、女性に告白されることが多いんだ」と言っていた。私は女性に恋愛感情を抱かないから困っている、とも言っていた。
その告白は私が彼女とそれなりに仲良くなり、私を信頼して言ってくれたのだと思う。京ちゃんなら私を好きにならないから、という安心のもと、しゃべってくれたのだろう。
しかしその信頼は、奇しくも私への牽制球となった。
彼女に会う口実は、コスプレしかない。彼女は社会人で、私はまだ大学生の頃の話だ。住んでいる場所も少し遠かったから、程よい付き合いでしかなかった。
しかし、私は彼女と一緒にコスプレをするたびに好きになった。面白くて、優しくて、そんな彼女に少しでもよく思われたくて、大人ぶって言いたい事もほとんど言わないままだった。本当はもっと会いたかったし、喋りたかったし、アフターだってもっと一緒にしたかった。コスプレなしで、例えばショッピングなんかできたら、それはそれは嬉しい出来事になっただろう。
でも、私が彼女に「好きだ」と伝えてしまったり、悟られてしまったら、この程よい距離感は終わる。
だから彼女とは必要以上に会うのを我慢した。
一緒にいられたから苦しかった。幸せなのに、ただのコスプレの仲間の一人でしかかないことが辛かった。

誰のものにもならないと告白しないうちに、彼女は結婚してしまった

救いは彼女が「私は男性恐怖症なんだ」とも言っていたことだ。
彼女は誰のものにもならない。それは私のよすがとなった。
彼女がコスプレを続ける限り、私はコスプレイヤーの仲間として会うことができる。

私はついに告白できないまま、しかし、彼女は男性と結婚してしまった。
聞けば学生時代から付き合っていたのだという。男性恐怖症だけど、唯一心を許せる男性と結婚することを彼女が決めたのだ。
結婚の報を聞いた瞬間、私の心が粉々になった。
しかも、男性と暮らすため、遠方に嫁いでコスプレも休止すると公言された。
会うことすら、できなくなる。
祝いたいのに、祝えない。
彼女の幸せは、最も喜ぶべき出来事だ。少なくとも、仲のいいコスプレイヤーならそうすべきだ。
さらにショックなのは、披露宴に呼ばれなかったこと。
他の仲の良いコスプレイヤーには、招待状が届いていて、式の当日にはコスプレイヤーに囲まれた彼女のウエディングフォトがSNSに上がった。
私は式にすら呼ばれない、本当に大勢いるコスプレ仲間の一人でしかなかったことを痛感した。

好きな人が他人に宛てた招待状が手元にあるなんて、なんという絶望だ

皮肉なことに、式に参列するコスプレイヤーの一人がカメラを忘れたとのことで、せっかくならと、私のカメラをカメラバックごと貸した。
帰ってきたカメラには幸せそうな彼女と、彼女の夫の写真がたくさん収められていて、私は泣いた。
しかも、カメラバッグにはカメラを貸したコスプレイヤーの式の招待状が潜んでいた。おそらく、ちょうどいい手提げカバンとして招待状を突っ込んで、そのまま忘れて返したのだろう。
私が欲してやまなかったもの。しかし、決して触れてはならないもの。
好きな人の、他人に宛てた結婚式の招待状が手元にあるなんて、なんという絶望だろう。
それでも私は、まだ彼女のことが好きだった。好きでたまらなくて、最初の子供を妊娠したと聞いたときも辛かった。

あの時から何年経っただろう。時間と距離が、この恋を過去のものとしてくれた。誰にも言えない恋は風化したけれど、まだ私の中にひっそりと眠っている。
切なくて、穏やかで、幸せになってほしいという感情を抱えたまま、私は社会人になってしまった。
学生の若気の至りと、人は言うだろう。でも、あの恋は、私だけのものだった。