ピコンという音と同時に、明るくなったスマートフォンの画面。
開いてみると「これが似合うと思う」というメッセージと共に、うす紫色に染まったウェディングドレスの画像が添付されていた。
「結婚したら専業主婦にして、楽させてやるからな」
違和感しか感じなかったその言葉をグッと飲み込んで、「うん、ありがとう」なんて返事をしていた当時の私。
特別に結婚願望があるわけではないけど、望む結婚のかたちはある
「ケッコンシタラセンギョウシュフニシテ、ラクサセテヤルカラナ」
案の定、なんて言ったら悪いけど、その彼とはしばらくしてからお別れした。
まだ恐竜が生きていた時代に起きたことのように、遥か遠い昔の記憶。
「いいお母さんになりそう」
「きっといい奥さんになれるよ」
そんな言葉を浴びるたび、相手に悪意なんてこれっぽっちもないことは分かっているのに、あのとき感じたような違和感がせり上がってきたものだ。
私は私で、誰のものでもないのに。
私の道は、私が選ぶのに。
「ありがとう」の言葉の裏では、そんな思いが渦巻いていた。
結婚に対して特別に願望があるわけではなかった。
するときにはするだろうし、しなかったらしない。それだけの話だ。
ただ、誰かと深く愛し合いたいという思いは強くあった。
だってせっかく人として生まれてきたのだから。この世に生を受けたのだから。
その上で言葉を紡ぐ仕事ができれば幸せだと思っていた。
子どもは作らず、愛し合う人といつまでも愛し合って、何に縛られることなく自分のしたい仕事をする。
それが私の望む結婚のかたちなのだ。
愛を上手く答えられないけど、何かを知りたいと思える人と巡り会えた
果たしてそれを結婚と言えるのかどうかは分からないけど、とにかくそう思っていることは本当なのだから仕方ない。
それに、私自身まだまだ未熟で知りたい世界がたくさんある。
見たい景色も、これから出会いたい人もたくさん待っている。
だから最低でも30歳を迎えるまでは、結婚するつもりはさらさらないのだ。
そんな私だから、結婚することはないだろうなとぼんやり考えていた。
問題は愛し合いたいと思えるような人と出会えるか、そしてこんな私を受け入れてくれる稀有な人と出会えるかどうかにかかっているのだから。
健やかなときも、病めるときも、豊かなときも、貧しいときも、あなたを愛し、あなたを慰め、命のある限り真心を尽くしますか?
愛とは何かと聞かれても、分かったつもりになるのがいやで上手く答えられない私だけど、それでも愛が何かを知りたいと思える人と巡り会うことができた。
今になってあのセリフが、少しだけ理解できたような気がする。
その日が来てくれたのなら、ウェディングドレスは白がいいと伝えよう
奇跡みたいに、ただいてくれるだけでいいと思える存在。
「愛してる」はまだ大人な言葉すぎて、「好き」や「愛おしい」が精一杯なふたりだけど、等身大で何よりも信じられるその言葉の温かさがうれしくて、こういう幸せがあることをはじめて知った。
この関係がいつまで続くのかなんて、考えたところで誰にも分からない。
それに、そんなことは知る必要もないと思っている。
今想い合うことができている。
それだけが事実で、それ以上はないのだから。
だけどいつか、いつか誰かと苗字を重ねる日が私にもやって来るのなら、その相手は今の恋人がいいと強く強く願っている。
子どもじみた夢物語かもしれないけど、いつまでも恋人のように想い合って、何気ない毎日を過ごすのは彼とがいいのだ。
そんな風に思える気持ちを教えてくれた彼に、心からの「ありがとう」を。
そしてその日が来てくれたのなら、ウェディングドレスの色は王道の白がいいと伝えよう。