私は今まで、たくさんの手紙を書いた。手紙を書くことが趣味なくらい書いている。
私は手紙が好きだ。直接言いにくいことも書くことならできる。いろいろ振り返りながら言葉にすることができる。言葉を選んで相手のことを想像して書くことができる。手紙は私にとって、大切な想いを伝える重要なツールだ。
想いを伝えるためには、いろんな方法がある。
直接会話の中で伝える。電話、通話で伝える。メールで伝える。今はSNSなどでも、自分の想いを発信することが可能だ。そのため、わざわざ手紙を書いて想いを伝える人は減ってきているように感じる。

捨てられずに手元に残されている、彼に向けて書いた手紙

それでも私は手紙というツールを、今でもよく使う。一文字一文字気持ちを込めて書くと、思いが届く気がする。
流れたり消えたりせずに形として残るので、見返すことができる。突発的な言葉ではなく、いろいろ頭の中で考え、整理して伝えることができる。
私はこれからも手紙をもっと書いていこうと思っている。しかし、私はこんなにも手紙が好きなのに、出すことができなかった手紙が何枚もある。心を込めて、考えて書いたのに、丁寧な字で書いたのに、その手紙は自分の手元に残されたまま。見るとモヤモヤしてしまうので、出せなかった手紙はたいてい捨ててしまった。
でも、なんでか捨てられずに手元に残されている手紙もあった。彼への手紙だ。
書く前にある程度文章を考えようと鉛筆で書いた手紙。鉛筆だから失敗しても大丈夫と、思うがまま書き進めていった。すると、普段言えない言葉が次々と出てきた。

「私じゃなくていいんじゃない?」普段言えない言葉が溢れた

「私ね、これが正しい選択だったのか不安になる。あなたといること、あなたを選んだこと。あなたは直してほしいことあったら直すから言ってって5年も前に言ってたね。
でも、私が直してほしいって言ったこと直す気ないし……頑張るってことが苦手なんだと思う。すごい楽だなって思った。うらやましいほどに。目指すものは楽な生活。今まで何を成し遂げてきたの?何を真剣にやってきたの?
私を非正規雇用とバカにしてきた時、思った。のらりくらりうまく生きてこれたんだろうけど、世の中そんな甘くない。あなたには1人がいいんだと思った。そうじゃなかったとしても、私じゃなくて、同じようなうまく世の中を回っていける人。
私は世の中をうまく回れるような人じゃない。不器用で、傷つきやすくて、それでも人と関わる仕事して……いろんな人と比べられて、劣っている自分を感じて苦しんで、それでもなんとかしようと考えて。
むしろなんで私なの?私の何がいいの?私はこういうところ好きって言うけど、あなたはそれがない。私じゃなくていいんじゃないの?
節目だと思う。決断せずに楽な道を望んできて、そうやってきて、それで満足してるよね。
男性はそれでいいと思うよ。子ども産むわけじゃないし、それで仕事をどうするかも考える必要ないし、年齢でどうこうってない。
けど、私は違う。私は違うんだよ。抱える問題が。本能で生きるのは楽だろうね。それなら、同じ価値観を持つ人といればいいんじゃないかな。それの方がお互いが幸せになれるんじゃない?」

出せなかった手紙で泣いた。これからも手紙と彼、両方とも好き

ここまで書いて、鉛筆を置いた。5年も付き合った彼に対しての思いがこれだったのかと……涙がこぼれた。こんな文章を書きたかったわけじゃない。私の大好きな手紙なのに。大好きな人なのに。
その手紙を書いて数日後、落ち着いて出せなかった手紙を見返した。突発的な感情だったと思うと同時に、彼に対しての不満や不安が心のどこかにあると気付かされた。手紙を書くことで、自分の心の奥底の感情も表に出ると知った。良くも悪くも。
この手紙はこれからも出すことはない。しかし、どれだけ好きな手紙でも、どれだけ好きな彼でも、時には嫌いになることがある。
でも、好きも嫌いも全部ひっくるめて……両方とも大事なのだと思う。出せなかった手紙で泣いてしまったけど、これから先、手紙も好きだし、きっと彼も好き。