わたしの夢は結婚すること、と言ってもいいくらいに結婚願望が強い。理由はいくつかある。
まず、両親の仲が良く、そばで見ていてうらやましいと感じるからだ。息が合っていて夫婦漫才をしているかのよう。わたしがこの年齢になるまでいくつか問題は起きたものの、二人の仲が悪くなることは決してなかった。むしろ、困難を笑い飛ばし、あっけらかんと、たくましく乗り越えていった。

恋愛がまだわからなくても、両親の仲を見ていると結婚したくなる

二人を見ていると、お互い良きパートナーに出会えて幸せ者だなと思う。わたしが知らないだけで、苦労はあるのかもしれないが(特に母の苦労は絶えないだろうが)、結果的に二人して楽しそうにしているのを見ると、「なんだかいいなあ」と娘のわたしが思うのだから二人の仲は本物だ。
恥ずかしながら、わたしはきちんとお付き合いをした人がいないから、結婚がどのようなものかという以前に、恋愛がどのようなものなのかも知らない。それなのに、結婚したいと思うのは二人のそういうところを日々目の当たりにしているからだと思う。
二つ目の理由。それは、わたしがちょっと不器用だから。不器用だから男性とお付き合いをしたことすらないけれど、不器用だから決して一人では生きていけないと確信している。
料理を作るのも苦手だし、買い物に行くのも一人ではなかなかにしんどい。今はまだ両親にお世話になっているからそこまで不便を感じることはないが、いつまでも二人に面倒になるわけにもいかない。良きパートナーがいれば、自分が得意なことは相手に還元できるし、自分の苦手なところは相手にカバーしてもらうことができるのではないか、なんて頭でっかちに考えている。

どうか神様、一日一善、十善でもしますから、良縁に恵まれますように

最後は、やっぱり「人並み」でいたいというエゴ。これは結構、結婚したいという切なる願いの根源にある感情かもしれない。いまはまだ若いからいいけれど、この先、結婚していないと他人からどう見られるのだろうと、不安になる。
今のご時世、結婚するもしないもその人の自由、他人は黙ってらっしゃい!という風潮が強くなっているけど、とはいえ今まで社会に根付いた価値観ってそうそう変わらない。女性は結婚して子ども産んで、というのが多数派で、そうでない人は少数派という構図は変わらない気がする。
自分のエゴで結婚生活は送れないだろう。相手あってのことだから、自分のことを考えているうちはまだまだ結婚への道のりは長いかもしれない。けれど人生100年時代だし、そんな長い時間を一人でいろなんて酷すぎる。
どうか神様、そこんところよろしくお願いいたします。一日一善、いいや五善でも十善でもしますから、良き縁に恵まれますように。その前に、まずは行動することから始めなければいけないかな。
多分だけど、恋人がいるひと、できるひとは日曜の昼下がりにパソコンとにらめっこしながらエッセーなんぞ書いていないはず。出会いの母数を増やさなければ。
ということで、マッチングアプリに登録することから始めることとします。