退屈な私の夜を彩ったのは、ウォークマンから流れるラジオだった。
中学生だった当時、家族も寝静まり、発売されたばかりのスマートフォンも持っていなかった私は、いつも音楽を聴いていた。
でも、何度も繰り返し同じ音楽ばかりを聴いていると飽きがくる。
全力でリスナーと向き合う彼の喜怒哀楽と一緒に、私も百面相をする
そんなときに出会ったのが彼の声だった。
リスナーからの恋愛相談に本人よりもにやけていたり、ゲストのアーティストに凄い熱量で愛をぶつけたり、消えたいとこぼしたリスナーには泣きながら生きていて欲しいと伝えたり。いつでも全力でリスナーと向き合う彼の喜怒哀楽につられるように、私もまたラジオの前で百面相をした。
高校生になって初めて迎えた冬、ようやく買ってもらった携帯が震えた。
電話に出るとラジオ局からだった。
「今週末の収録放送に電話で出ていただきたいんですけど、大丈夫ですか?」
突然のアポ電に手も口も足も震えたことを今でも覚えている。
収録が始まると、ずっと聴いていた声が私に向けて真っ直ぐに響いてきた。
「将来好きなことに関わる仕事がしたい」
そう話した私に、
「いつか夢叶えたら聞かしてね!叶えたところ見せて!」
と言ってくれた。その言葉を何度も反芻しては思い出して、その日はなかなか寝付けなかった。
彼のおかげで苦しい夜も乗り越えられたと伝えたくて、手紙を書いた
そんな私も大学生になった。
彼の番組は中高生向けで、仲良くなった同年代のリスナーはだんだん名前を聞かなくなって、自分より年下の子ばかり見かけるようになった。いつしか、私もアルバイトや課題に追われ、放送を聞くことはほとんどなくなっていた。
そんなある日、彼が番組を辞めるということをSNSで知った。
まるで自分の青春が一つ消えてしまうみたいで、底知れぬ寂しさが襲ってきた。
辞めてしまう少し前、私は彼に手紙を出した。
今辛くて誰にも話せずにいたこと、自分と同じような思いをしている人を救いたいと思ったこと、そう思わせてくれたのはあなたのラジオに出会えたからだということを綴った。
返事が欲しかったわけじゃない。ただ、何年間もリスナー1人1人に向き合ってくれた彼に、あなたのおかげで私はいくつもの苦しい夜を越えられた、楽しい夜を過ごせたということを伝えたかったのだ。
だけど、私がラジオを離れてからも彼は私が憧れる彼そのままだった。
憧れ続けた彼が、未来に私の想いを必要とする人がいると教えてくれた
一年ほど経った頃、私宛に一枚のはがきが届いた。
そこには彼の字で、ラジオネームを見てすぐに分かったこと、この手紙が着く頃の日々はどうか、自由であるはずの今色々なことを背負いすぎていないか、という心配が書き記されていた。
彼は手紙をくれたすべてのリスナーに手紙の返事を書いていた。
表面だけには収まらず、裏面の宛名の下にもメッセージが続いている。
彼の変わらぬ温かさに文章が進むにつれ、私は目頭が熱くなるのを感じた。
そして、最後に書かれた一文で、溜まっていた涙が溢れた。
「未来にその想いを必要としてる人がいる。そこに真っ直ぐ想いを届けてあげて欲しい」
誰かに必要とされたい。
いつしか私は漠然とそう思うようになっていた。
中学生の頃、根拠もなく自分に自信があった。何でも出来る気がしていた。
でも、高校生になって、大学生になって、自分より凄い人はどこにでもいて、何もない自分に気付いてしまって、一人になるのが怖くて愛想良く振る舞うようになった。
時々、自分がいなくたってきっと世界は何も変わらないんだろうなと思ったりしていた。
だけど、私が憧れ続けてきた彼が、未来に私の想いを必要としてる人がいると言ってくれた。
未来の誰かに真っ直ぐに想いを伝えるために、彼に胸を張って夢を叶えたと伝えるために、私は何もない自分なりに精一杯この世界を生き抜いてやろうと思う。