待ち合わせに来ない、目を合わせない、無視。女の友情はめんどくさい

女の友情はめんどくさい。
ほんの些細なひと言で、小さなきっかけで簡単に友情に亀裂が入る。いや、きっかけなんてないのだろう。「なんかムカつくから」。こんなものだ。
私には大学生の時、夢があった。あの時あんな事にならなければ、今の私は全く違う人生を歩んでいたのかもしれない。
私は人見知りだ。友達も多くはいない。自分から声をかけることができない私は、高校の入学式で見事に出遅れ、最初友達ができなかった。クラスメイトに「一緒にお昼ご飯を食べよう」と声をかけられた時に、ほっとして泣いてしまった恥ずかしいエピソードがあるくらいには。
だから、大学では頑張ろうと思っていたのに……結果は同じだった。
女子大に入学した私はちゃんと出遅れた。周りはグループだらけ。私の入る隙間なんてどこにもなかった。
「最悪だ、終わった」
それでも何日か経ち、偶然話しかけてくれた子とそのグループの子達の輪に入れてもらえて、なんとか大学生活を始めることができた。
私はサークルや部活に入っておらず、友達は少なかった。いつも一緒にいた子は学籍番号が近い子だったが、その子には友達が多くいて、周りから見れば私は金魚のフンに見えていたかもしれない。それでも自分の居場所がある、話し相手がいる、それで満足していた。
空きコマに食堂でおしゃべりしたり、1限だけの日は近くのショッピングモールに行ったり。全てのことが新鮮で楽しくてキラキラしていた。「これが大学生なんだ」と実感した。
大学1年は何事もなく終えた。春休みに入り大学の友達とは会う機会はなかったが、大学が始まればまた楽しい日々がやって来ると思い込んでいた。でも、2年になってすぐ違和感を覚えた。「今までと違う」。
きっかけは分からない。連絡が返ってこない。待ち合わせの場所にこない。目を合わせてもらえない。何かしたわけでもないのに、一方的に無視をされる。話しかけるタイミングすら与えてもらえなかった。
そして私は独りぼっちになった。頭が真っ白になり、どうしたらいいか分からなかった。私の様子が違うと声をかけてくれる子もいたが、「私達のグループにおいでよ」と言われ情けなくて、惨めになるだけだった。だんだんと休むようになり、久しぶりに受けた講義では自分の名前はなくなっていた。
気づいたら大学に行くのが怖くなっていた。毎日「明日が来なければいいのに」と思っていた。夢は諦めていた。
先生と面談をした。他の大学に編入する手もあると進められた。半年間休学もした。絶望しか残っていなかった。結果、3年の後期が始まる前に中退した。
そしてこの記憶に蓋をして、大学生活をなかったことにした。
それから時間が経ち、大人になった私は社会人となって働いている。頼れる上司、信頼できる仲間もいる。あの時の選択に後悔をしているわけではない。でも仕事を始めて、時々蓋をした記憶を少し開ける時がある。
「もっと積極的に行動できていたら」
「誰かに相談できていたら」
「夢を諦めていなかったら」
言い出したらキリがない。女手ひとつで育ててくれた母のことを想うと、高い学費をドブに捨てるようなことをした私の行動は、正しい判断だったとは自信を持って言えるものではないだろう。一方で、今の私があの日に戻ったら負けなかったのかなと思ったりもする。
けれど過去には戻れないし、変えられないから。
私に出来ることは償いの意味もあるだろう。精一杯の母親孝行をすることだ。
しかし、これだけは大人になった今でも思う。そして何回も言う。
女の友情はめんどくさい。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。