ボタボタとカレーうどんに涙が落ちる。鼻水を垂らしながら溢れんばかりの涙を止めることなんて出来ず、それでもカレーうどんを啜る。だって泣きながらご飯を食べる人は、今日を生きていくことが出来る人だから。

昔の恋人に赤ちゃんが出来た。私は「喜べないよ!」と電話を切った

昔の恋人に赤ちゃんが出来た。喜ばしい事だ。お祝いしなきゃいけないのに、私はその知らせを聞いてから青白い顔で黙りこくっていた。
私たちは、同性カップルだった。別れの原因は結婚できないこと、赤ちゃんを作れない事だった。相手方から別れを切り出され、私は受け入れるしかなかった。
そして、4年がたった。4年も経てば、相手方にも私にも新しい相手が出来た。ちょっと切ないけれど、これが現実だ。
でも、赤ちゃんなんてまだまだ先のことだと思っていた。だから油断していた。いつもの優しい日常に。穏やかな毎日に。そして、いつも事件は突然やってくる。

電話が鳴る。
「あ、ごめん、今いい?ありがとう。あのね私、赤ちゃん出来たの」
へ? まだ結婚してなかったよね?と思いながら、「最近流行ってる授かり婚ってやつ?そう。よかったー。彼氏に逃げられたらどうしようかと思った。産むの?いや、当たり前だよね。欲しがってたもんね。おめでとう。おめでとう言わなきゃね」。

すると「彼氏には伝えたけど2番目は雀だよ。だって誰より喜んでくれると思ったから」と言われた。
「喜べないよ。喜べないよ!」。私は叫ぶように電話を切った。スマホを投げた。運良く割れなかった。
色んな気持ちが噴水みたいに溢れ出て、私は感情の濁流に流されてしまった。
嬉しい? 悲しい? 悔しい? 虚しい? どれもこれも正解で不正解だった。喜べなんてしなかった。

恋人とすごした幸せな時間がフラッシュバックして、なんで私この人の彼女やってないんだろう、別の人と付き合ってるんだろうと馬鹿なことを考えた。
男女のカップルの間に子供が出来る。当たり前のことだ。喜ばなきゃいけないことだ。なのにどうしてだろう。こんなに涙が出るのは。
こんな涙流したくなかった。泣くとしたら嬉し泣きする予定だった。こんな汚い涙を流したくなかった。全部性別のせいだと思った。

お見舞いに行った。そこには元気な男の子がいた。「おめでとう」が言えた

ほどなくして、昔の恋人は出産した。元気な男の子だった。私はお見舞いに行くことにした。心からお祝いするために。けじめをつけるために。

個室を開ける扉が冷たい。彼女がいる個室の前に立って10分が経った。
「入っておいでよ」そう言われて、急いで扉を開けた。何年かぶりに昔の恋人を見た。少しやつれているように見えたが、そこには大人になった昔の恋人がベットに座っていた。
「久しぶり。雀」
「久しぶりです。美冬先輩」
「え~!大人になった!かわいい!」
「先輩は相変わらずですね」
そんな軽口を叩けるくらいには落ち着いていた。
そして、見た。昔の恋人の子供を。お猿さんのようなその小さな命は、笑っているように見えた。それはまるで私を許すようで。思わず後ろを向く。

「可愛いでしょう。ごめんね。私たちの子供じゃなくて」
「……ままならないですね」
「そうだね」
少しの沈黙。

「あ、先輩お菓子持ってきました」
「我慢しなくていいんだよ」
「我慢なんて、してません」
「この子の名前決めてないんだー。雀、何がいいと思う」
「そんな大事なこと決められませんよ」
「変に真面目なんだよね、雀は~」
「変にってなんですか変にって」

私、上手く笑えてるだろうか。こぼれかけた涙は乾いただろうか。喜べて、いるだろうか。
「おめでとうございます。美冬先輩」
「ありがとう。雀」

病院を出て定食屋でカレーうどんを食べながら、また涙が溢れた

病院を出てすぐの、よく分からない定食屋にふらふらと入った。温かいものが食べたかった。カレーうどんが目についた。特に好物ではない、しかし食べなきゃいけない気がした。
「カレーうどんください」
私は先輩と重ねた記憶を思い出していた。
「カレーうどんおまち」。一口食べて温かくて涙が溢れた。止められなかった。それでも食べなきゃと思った。
私はグズグズになりながら食べた。ひたすら食べた。顔はぐちゃぐちゃだった。食べ終わった。私は一口だけ成長した。