自宅から程近い図書館に行った。コロナ禍になってから、図書館に行くことが増えた。街を歩くのは少し怖いからである。
 友達がいなくアクティブな趣味も無いので、図書館には大抵一日いる。昼飯は近くのファミリーレストランか、近くのショッピングモールのフードコードでうどんをかっこむのだが、その日はなんだか「良い」ものを食べたい気持ちになり、図書館から歩いて十分程の高級住宅地にある定食屋へ向かった。初めて行く店である。

老夫婦が営む定食屋に入り、祖父母のことを思い出した

  車の運転に自信のない私は、晴れた冬の道をてくてくと歩く。風にふれる頬は刺すように冷えるが、もこもこと着膨れた中は暖かい。
 営業時間は午後三時までのようだ。今は二時前。ラストオーダーにもなっていないだろう。
 大きな駐車場があり、黄色で可愛らしい一軒家のようなお店だった。
 ドアを引いて入れば、おじいちゃんが「いらっしゃい。一人?」と案内をしてくれた。奥ではおばあちゃんがご飯を運んでいた。小さい店である。どうやらここは老夫婦二人で営んでいるようだ。
「うちはね、たくさんメニューがあるから、ゆっくり選んでね」
と、メニュー表を渡された。
 パスタ、ドリア、ハンバーグ、と思えば釜飯、生姜焼き、エトセトラエトセトラ……。バラエティ豊かなメニューに圧倒されながら、イチオシらしい牡蠣の釜飯を頼んだ。
「楽しみに待っててね」
 ハイと頷き、私はふと、祖父母のことを思い出した。

 祖父母はとある田舎で定食屋をやっている。看板メニューはカレーと焼肉丼。私の家から車で二時間ほどの距離に住んでいるため、たまに遊びに行く。
「すだれ、何が食べたい? 好きなものを頼んでいいよ」
 祖母はいつも笑顔。私はその笑顔に癒やされながら「今日は焼き肉丼」「カレーがいいな」「唐揚げセット!」等好き勝手頼む。祖父はご飯を作る係だ。口数はそう多くはないけれど、とても優しい。
「すだれ、今日のご飯美味しかったか」
 私が「ごちそうさまでした!」と言うと、祖父はいつもそう問いかける。「美味しくないわけないじゃないか! おじいちゃんの作るご飯はいつも最高だよ!」と答えれば、それは嬉しそうに笑うのだ。

祖母を彷彿させる笑顔に、見事な味。私はすぐにファンになった

 祖父母は元気だろうか。会いたいなあ。けど、会いに行くわけにもな、と考えていると、
「お待ちどうさま」
 とおばあちゃんがご飯を持ってきてくれた。トレイには小さな釜が乗っている。
「十分間、蒸らしてから開けてね。タイマー置いておくね」
 背の小さな、笑顔の可愛らしい方だった。ずっとニコニコしており、私の祖母を彷彿させた。
 釜飯を開ける。ふわりと牡蠣と出汁の香り。一口含めば、少し硬めのご飯と牡蠣が見事に合わさり、それは見事な味である。すぐ次、すぐ次、と私は黙々と食べ進めた。
「お口に合った?」
 食べ終わり、食後のデザートとコーヒーを出してくれながら、おばあちゃんに尋ねられた。
「とても美味しかったです! 私、釜飯をあまり食べたことがなかったのですが、もうファンになっちゃいました」
「あら、そんなこと言ってくれるなんて嬉しいわ。若い子が一人で来てくれるなんてこと中々ないから、張り切っちゃった」
 きっと張り切らなくても、あの素晴らしい味は出るだろう。しかしそう言ってもらえ、思わず赤面した。だからつい、
「祖父母が定食屋をやっているから、ふと思い出しちゃいました」
と言ってしまった。

偶然がつなぐ素敵な縁。いつか祖父母と三人、店を訪ねよう

 すると、どこで聞いていたのかおじいちゃんまで出てきた。店には、私しかいなかった。
「どこでやってるんだい」
「○○県です」
「ええ!」
 おじいちゃんもおばあちゃんも、目を見開いて驚いている。首を傾げれば、
「私達も昔、○○県でお店をやっていたんだよ」
と。
「ええ!」
 次は私が驚く番だった。店の名前を伝えれば、知っているよ!と返され、更に驚いてしまった。
「そうか、あそこのお孫さんか。素敵な縁があるものだ」
 おじいちゃんは一人頷いている。おばあちゃんはそんな様子を見て笑っていた。
 会計時、「また来てね」と言われ、「絶対行きます! 母も祖父母も連れてきます!」と興奮のまま返した。嬉しそうに笑われ、私もえへへと笑い返した。
 帰宅途中、祖母に電話をかけた。突然電話してくれるなんて嬉しい。最近どう? 元気? と祖母の声は明るい。
「今日さ、○○っていうご飯屋さんに行ったんだ。おばあちゃん、知ってる?」
 ええ!という大きな声。
「ここでは一番に有名だったお店よ! 素敵なご縁ね」
 先程と同じ言葉が返ってきたので、私は思わず吹き出してしまった。
 コロナが治まったら、祖父母と三人、店を訪ねよう。そう心に決めた、晴れた冬のことだった。