私はよく記憶をなくしてしまう。
記憶を「なくす」というよりかは、「忘れてしまう」のほうが近いのかもしれない。
幼い頃から嫌なことだけが常日頃、山のようにあった私はすっかり「忘れる」ことを覚えてしまい、忘れていることを自覚した頃には今日あったことや面白いことに限らず、食べたものの見た目、味や感動なんてハッキリと覚えていること自体が珍しいことになってしまっていた。
「忘れてしまう」私の脳裏に焼き付き離れない、忘れられない素敵な味
実は私は「美味しいものを食べること」が大好きだ。ただ、断片的にこれが美味しかった気がする、あれが美味しかったような……とその食べ物を目にした途端思い出してくるのが現在の普通になっている。
すぐに思い出したいのに思い出せない、お店の名前やメニューがわからない時や写真を撮っていても分からない時もある。
忘れる自分に嫌気がさした。オススメを教えられたときにもっといろんな人に美味しいものを教えたいのに。
そんなある時、今も脳裏に焼き付いて離れない、忘れられない素敵な味に出会ってしまった。
私を虜にして忘れられないその味を教えてくれたのは、近頃新しく出来たケーキ屋さんのいちごタルトだった。
ここは開店後1、2時間程度で全てのケーキが売り切れるほどに美味しいと有名の店だ。
人気故になかなか行くことが叶わなかったものの、ある時、SNSでホールケーキの予約案内が出ていた。これは良いチャンスが出来たと私は思い切って店に飛び込んだ。
その時は誕生日が近かったので思い切ってホールを予約注文。社会人として自分で稼ぐようになり、人生で初めて購入したホール。感動もひとしおだ。
あの感動をもう一度味わうことは私の夢であり、生きる希望
誕生日を迎えるまでワクワクしながら過ごし、当日に受け取り、家で一口食べた時のあの感動は計り知れない。
瑞々しくて真っ赤な甘いいちご。そのいちごの下にあるカスタードクリームはコクと味わいが深く、それでいてとても食べやすい。タルトの部分はいちごともカスタードとも相性が抜群で、食べ進めるフォークが止まらない。
今まで食べてきたスイーツの中で、ダントツで1番。言葉では言い表せない不思議な感動を覚えながら、あっという間に平らげてしまった。
ここまで食べ物に夢中になれたのはいつぶりなんだろう、もしかしたら生きてきて初めてだったかもしれない。
色々なことを何度も忘れてきていた私が唯一忘れられない、そんな思い出をひとつ作ることが出来た。
今でもそのケーキ屋さんは変わらず人気で、なかなか行くことが叶わないものの、「ショーケースの中のケーキをいつか全種類ひとつずつ買う」ということが今の私の夢であり、生きる希望になった。
そのために今は仕事を探し、自立のためにもう少し頑張らなければならない。
「もう一度あの感動を味わいたい」
そう思えば足取りは軽くなっていく。
食べ物に、スイーツに、果てには生きることにも「夢と希望」を与えてくれたあのケーキ屋さんは、いつ、どんなときだって私の思い出の中でずっと輝き続けるのだろう。
その輝きを胸に、私は今日も未来へ歩んでいく。