試合終了を知らせるブザーと共に泣き崩れた。立ち上がれない。いや、違う。立ち上がっても仲間に合わせる顔がないだけだ。
あの日――それは中学生の頃、引退をかけた部活の試合の記憶。

人見知りの私を救ってくれたのが「バスケットボール部」だった

友達の作り方なんてすっかり忘れてしまった、というのは言いわけなのだろうか。元々人見知りの私には、知り合いのいない中学校で友達を作るのはハードルが高すぎる、そう思っていた。そんな私を救ってくれたのがバスケットボール部だった。部活の仲間だった。
部活の仲間は8人。最初は距離感があったが、徐々に仲良くなった。大切な仲間とはこういうものだと確信した。少しかじった程度だったが、ミニバス経験者の私は重宝された。だから続けられたと思う。継続も自信に繋がった。
先輩が引退し、いよいよ自分達の代になる。「キャプテンは君に任せるよ。皆で支えるから」という顧問の言葉により、私はキャプテンとなった。自分でもそれが当たり前だと思っていた。
あの日――自分達の引退がかかっていなかったら? 自分がシュートを外さなければ? 自分がキャプテンじゃなかったら? 「たられば」が頭をよぎる。当時も、今でも。

当日は晴天だった。雲ひとつない青空。まさに自分の為にある空だった。いつも通りアップをして、仲間と談笑し、リラックスして試合に臨む。何ひとつ欠けてはいなかったはずだ。試合相手は、どちらかというと格下だった。「勝てる」。その思いしかなかった。
いざ始まるとシーソーゲームの展開になった。ずるい相手だった。反則をしてでも止めてくるような雰囲気。相手は必死だった。ただ、点差が離れていないにも関わらず、相手が焦るほど余裕が生まれた気がした。
結局は正義が勝つんだし、的な自己理論で武装する。顧問もいつも通りだった。他ならぬ安心材料だった、はず。

引退をかけた最後の試合で、私は「バスケの神様」に見放された

流れは変わらず、そのまま最終クォーター。点差が開かない。相手はファールが混んでおり、これ以上反則を重ねると退場の危機すらある。相手の窮地を利用すること、それが勝機だとわかっている。わかっているのにできない自分。まさに葛藤だった。
「自分は強い。大切な仲間を率いるキャプテンなんだ。私がやらなければ」。その思いしかない。ないはずなのにどうして――。

残り30秒。点差は1点ビハインド。1回でもシュートを決めれば、そんな場面でチャンスが回ってきた。
仲間が希望を託してくれたシュートを打つ。無我夢中。その言葉に尽きる。そのシュートは不甲斐ない私の自信のなさを、見事なまでに表現していた。短い。リングに弾かれ、逆転とはならない。それでもまだ時間はある。
残り10秒。再び自分に回ってきたシュートチャンス。決めればヒーローだが、外せば自分のせいで負ける。そんな迷いがいつのまにか出てきていた。引退をかけた最後のシュートはバスケの神様に見放された。

励ましてくれる大切な仲間がいたが、結局私は誰よりも弱かった

試合終了のブザーが鳴る。現実なのかもわからない。目の前に突き付けられたのは「自分のせいで負けた」ということ。その以上でもそれ以下でもない。泣く資格なんてないはずなのに、涙が止まらない。
私のせいではないと励ましてくれる大切な仲間。違う。私にとってはまったく違うのだ。結局自分は誰よりも弱かった。そんなこと自分が一番わかっていた。わかっていたのに。
自分がキャプテンでなければ展開は違っていただろうか。仲間の笑顔を見ることができていただろうか。

引退試合のあの日にはもう戻れない。憧れであり希望だったコービー・ブライアント選手がもうこの世にはいないのと同様に。今でもあの日、あの瞬間は鮮明に覚えている。
ただ、ひとつだけはっきり言えることは、戻ってやり直さなくてもよいと思えること。決して当時の苦しみが消えることはない。
けれども、この経験がなければ高校でもバスケを続けた自分はいない。そして、今の自分はいない。わかっていた自分の弱さを実感したあの日。私は「あの日あの瞬間」を胸に刻んで生きていく。