インスタを開いて飛び込んできた広告に、「出せなかった手紙」とあった。
ちょうどいま、自室のゴミ箱に捨てようとしてたもののことだった。
長めの片想い。まるで中学生のように一挙一動にときめいてしまう
わたしには好きな人がいる。
まあそれなりに長めの片想いで、相手もわたしの気持ちを十中八九知っていて、それでいてキスもセックスもいくつかのデートもしている。
少し掠れた低めの声。わたしより数センチ高い目線。鼻の上のほくろ。いただきますとちゃんと言うところ。必ず車道側を歩くところ。自分について話すと饒舌になるところ。名前を呼ぶときいつも目を見てくるところ。
好きなところを挙げるときりがなくて、会うたびに違う一面を知って、20代も半ばで恋愛の酸いも甘いもそれなりに知ってきたわたしなのに、まるで中学生のように一挙一動にときめいてしまう。
一番好きなバンドが同じという、ありふれた理由で仲良くなった。恋のはじめによくある、家が近いとか、共通の友人がいるとか、トイプードルを飼っているとか、そんな共通項を見つけては、運命やん!ってひとり盛り上がり、気持ちを自覚するのに時間はかからなかった。
彼と違い感情を伝えるのが苦手で、彼と同じく文章好き
同じ本を同時に読んで感想を語り合ったり、映画の考察に何時間も費やして語り合った。
雲のかたちや古びて文字が消えた看板でげらげら笑える。過去や未来や人生について語り合ったりもする。
自分の価値観を言語化するのがうまい近寄りがたさと、好みや感覚が似ている親近感が混じりあって、ますます彼の虜になっていった。
だから手紙を選んだ。彼と違い感情を伝えるのが苦手というわたし自身の理由と、彼と同じ文章好きとしての確信。案外すんなり書けた。気持ちとタイミングがあえば渡そうと財布に忍ばせ、肌身離さず持ち歩いていた。
それが7月の話。
2週間前、彼から不意に連絡があった。数日後に控えた卒業式で会おうと思っていたのに。急いで支度して彼の待つ京都へ向かった。
いつものように本屋に行ったり鴨川で駄弁っているうちに暗くなった。軽めのご飯を済ませ、わたしの終電まで駅前で喋っていると、彼が切り出した。
「ぼくはな、『特別』を作らへんねん」らしい。人も物も。
わたしたちはお互いに特別な存在やん。特別になりたかった
彼女がいらないことは知っていた。進路を決める大事な時期なのも理解していた。
でも、わたしだけは違うと思ってた。だってわたしは特別やろ?なんでも言える貴重な存在って言ってたやん。なんでも知ってるやん。誰がどう見たって、わたしたちはお互いに特別な存在やん。
でも同時に、自分以外に期待しないし、されたくもないという彼の考えに彼らしさを感じた。そんな自分が憎らしかった。
返しに困ってるうちに電車が来て、彼は「元気でね」と言って手を振った。いつも「気をつけてね」って言うのに。いやな感じ。
「うん、ありがとう、バイバイ」としか言えない自分に腹が立った。そっから返信が来なくなった。
机に広げたこの2枚は、この数ヶ月何度も取り出しては仕舞い、を繰り返したせいで、もうしわしわ。封筒の端にはうっすら汚れもついてる。渡さなくてよかったかも。
特別だと思ってた。特別になりたかった。
元気でね。今もだいすきな人。