私はあの日、人生で初めて終電の時間を調べた。それは気になっている男性とのデートの帰り道……と言ってみたかった。
実際はそんなぽっと心が温かくなるような青春の甘い思い出ではない。全く思い出したくもない嫌な記憶だ。

今日中に帰れるか無意識に終電を調べたあの頃から、私はおかしかった

それは私が通っている大学である某薬学部で、1番大変と言われている学生実習でのことだった。
マウスを使った実験だったため個体差があるのか、何回実験を重ねても思うような結果が得られなかった。実験室の窓から見える空はもう真っ暗。そして実験の終わりもお先真っ暗なまま、夜9時を過ぎてしまった。
私は本当に疲れ果てていた。それと同時に今日中に家へ帰れるのか、大学に泊まる羽目になるのではないかと怖くなった。そんな私は無意識にスマホを手に取り、いつの間にか終電を調べていた。
本当に無意識だった。そんなに家に帰りたいのかと自分で自分が怖くなった。思えばあの頃から、私はおかしかった。

朝、起きなければならない時間に起きられなくなった。学校に行くことを考えると、涙が止まらなくなった。講義中に涙が溢れてしまい、その度にトイレの個室に駆け込んでなんとかやり過ごした。夜は、毎日家でお酒を飲んでは泣いていたし、毎日悪夢を見ていた。
そして人生で初めて終電を調べた日から7カ月経った頃、人生で初めて心療内科へ行くことになった。

剣道で心身を鍛えた私が、心の病気になり心療内科に行くなんて

適応障害。薬学部の勉強の難しさやその実習の大変さなどで、だいぶ心身を病んでいたらしい。その時の私は、薬剤師になりたいという小学生からの夢がもう叶えられないかもしれないという喪失感が大きかったと思う。そして実は、私自身が簡単に心の病気になってしまうことへの驚きもあった。
驚いた理由は、中学高校時代に部活でやっていた剣道にある。
上下関係や稽古などが厳しい環境に身を置いていたため、周りの同世代よりも心身が鍛えられているという自負があった。だから自分がおかしくなっているという自覚はあっても、なかなか心療内科に行く決心ができなかった。病院に行かずとも自分の力でどうにかなるのではないか、と考えてしまった。

しかしそう上手くはいかず、全く自分をコントロールできない時期が続き、ついに勇気を出して心療内科へ行くことになった。診断が出て、抗うつ剤や睡眠剤を処方されると、毎日の涙が嘘のように止まった。
こんなにも簡単に、この苦しい思いをなくすことができるのか。私は本当に拍子抜けした。心療内科についてとてつもなく時間をかけて調べて、本当に自分が行くべきなのかとたくさん迷ったというのに。

もっと早く心療内科に行けば、苦しい時期が少しでも短くできたはず

私は今、毎日薬を飲みながら大学に通っている。薬のおかげで、日常生活に支障がでるほどの苦しい思いをしなくて済むようになった。心が温かくなるような青春の甘い思い出は相変わらず何1つ持っていないし、そもそも心の病気の治療中だが、今の私は幸せだ。胸を張ってそう言いきれる。
しかし正直なところ、もっと早く心療内科に行っておけばよかったと思っている。
薬を飲むことによって、苦しい思いをしていた時期がほんの少しでも短くできていたはずだ。病院に行くことが遅れてしまったことは、自分にとっては本当に後悔しかない。

この文章をみてくださった方がもしも、自分が自分じゃないようなつらい思いをしたときは、できるだけ早く心療内科に行ってみてほしいと思う。心療内科に通うことによる世間体の悪さよりも、自分自身の心の健康の方が100万倍大事だ。
そして、そういう世間体に振り回されることなく生きていけるような人間でありたいし、皆さんはそうであっていてほしいと思っている。