もう十年以上前のことなのに、今でも時々思い出す。

私には好きな人がいた。その人は、所謂ヤンキーと言われるような、授業は真面目に受けず、つるんでいる人も強面の人ばかりだった。
小学生の時はスポーツのできる人がモテるように、中学生の時はそういうヤンキーがモテていたように思う。私もその一人だった。
一方で私は生徒会に入るような、どちらかというと彼らとは真逆の位置にいた。交わることのない二人が出会ったのは、まるで漫画のような出来事がきっかけだった。

授業に遅れそうと廊下を走っていたら彼と衝突。それが二人の出会い

ある日私はとても急いでいて、授業に遅れそうだった。急いで教室に戻ろうと廊下を走っていたら、目の前に唐突に彼が現れ、すごい勢いで衝突してしまった。
彼は痛そうに、「ぶつかってくんな!」と私を睨みつけた。私も急いでいたので、誰にぶつかったのかもよくわからず、「そっちこそ!」と言い放ち教室に戻った。
それが二人の出会いである。

そこから二人が廊下ですれ違うたびに、口論が始まった。今思うと馬鹿らしいが、どちらが先にぶつかったのか、という口論である。
目が合うたびに睨み合い、口を開けば言い争う。言い争う内容が内容だったためか、友人からは仲が良いねとよく言われた。

きっかけはなかった。いつからか私は、彼のことが好きになっていたのである。おそらく彼も同じだった。
しかし、当時の私は意地っ張りで、廊下でぶつかったこと以外の共通点もない。彼が友人を通して、私の携帯電話番号が知りたいと言ってくれていたと聞いたが、私は当時携帯電話も持っていなかった。
まともな会話などしたこともなければ、笑顔を見せてくれたこともない。漫画のようなシチュエーションに酔いしれて、本当は彼のことを好きではなかったのかもしれない。それでもどうしても彼に私の気持ちを知って欲しかった。

彼が引っ越すと知った3月14日。お返しなんかいらない、行かないで

その気持ちを後押ししたのが、バレンタインデーだった。お菓子作りなどほとんどしたことがなかったが、買ったものではなく手作りにこだわった。しかし、練習などせず作ったので、自信がなかった。
怖気付いた私は、渡すことを諦め帰ろうとしたが、心優しい友人が「自分が作ったことにして、私が作ったものを渡しな」と背中を押してくれた。どうやって渡したのかは、正直覚えていない。それくらい緊張していた。

それから一ヶ月弱、何事もなかったかのように日常が流れた。バレンタインデーの感想もなければ、すれ違っても口論すらなかった。むしろ廊下ですれ違うことも減った。学校をサボっているのだろうか。もうすぐホワイトデー。お返しなど期待してはいけないのか。ついにホワイトデー当日になった。

「彼、引っ越すらしいね」
聞き間違いかと思った。聞き間違いであって欲しいと願った。しかしそれは現実だった。しかもそれは今日、ホワイトデーである、3月14日だったのである。
もうお返しなどいらなかった。彼が引っ越さないでくれれば、なんでもよかった。現実を知るのが、遅すぎた。

バイバイ、でもさよならでもなく、「またね」。最後までずるい人

彼の友人伝いに、彼から渡すように頼まれたというお菓子の詰め合わせをもらった。ホワイトデーのお返しだった。
普段は彼と同じように、ツンケンしている友人だったが、今彼がいる場所も教えてくれた。初めて部活をさぼり、その場所まで走る。もういないかもしれない。もう会えないかもしれない。
彼はいた。ゆっくり近づいていくと、彼も気づいた。
「またね」
彼はそう言って行ってしまった。バイバイ、でもさよなら、でもなく、またね。
最後までずるい人だった。

あの日に戻れたら。
私はどの日に戻りたいのだろうか。戻って何ができただろうか。何かしていたら、未来は変わったのだろうか。