誰にも言えない恋、それは図々しく贅沢で、自身の惨めさが浮き彫りになるほど肩身の狭い片想いだった。
TAなのに、どの学生よりも熱心に講義を聴く先輩に恋をした
学生時代、私は教職課程の一貫で、あまり関心のない講義を受講していた。その関心のなさは異常なもので、2回目からはただ時間が過ぎるのを待っているだけとなっていた。
その講義でTA(ティーチングアシスタント)をしていた院生の先輩。彼こそが片想いの主であった。
身長は165センチ程度。白い肌に大きな瞳。男性にしては高めの声で、服装はややお上品。中性的な男性の王道といくというところだ。最初はパッと見の一目惚れ。そこからその講義は先輩の観察となった。
大半のTAが業務を行うだけなのに対し、先輩はどの学部生よりも講義に深入りしていた。時には我々には分からない次元の質問をして、「入ってこないで」と注意されることもあった。「あの人は先生に食ってかかっている」と、学部生から白い目で見られることもあった。
なぜ先輩がそんなにも熱心に講義を聴いているのかを知ったのは、それから数日後のことだった。聞くところによると先輩は貧しい家庭の出身で、超進学高校卒業後は派遣社員として働いた後、7年下の人たちとともに学生生活を送ったという。
対照的な生き様の私たちに愛情が成立するのか。恋心が募るほど惨めに
一方、私はというと比較的裕福な家庭の出身で、一人暮らしをする女子大学院生という身であった。両親からはアルバイトをせずに学業に没頭できる環境を与えられていた。
しかし特別優秀という訳でもなく、私よりも研究熱心な方も沢山いた。購入した専門書の中には読まずに放置している物もあり、苦労を知らない証だと我ながらに思っていた。周りの学生を見ても大半は地味な服装で、関東出身でお洒落を知っていた私は女性らしく一人浮いていた。
厳しい環境を乗り越えて研究を続ける先輩と、恵まれた環境を使いこなせていない私。対照的な生き様の私たちに愛情など成立するのか。私の育ちを知った時、先輩はどのような感情を抱くのか。恋心が募るほど自分の惨めさが浮き彫りになり、相反した感情の中で誰にも相談出来ずにいた。
私は見る目のある女だな、と思わせてくれた先輩を、応援し続けたい
後に聞いた話では、先輩は総代卒業者で、国から特別研究員として認められるほどの秀才だという。私とは較べものにならないほどすごい人だったのだ。そんな諦めもあり、私は徐々に気持ちが薄れていった。
けれども、これほど熱い恋心を抱いたことは、今までの人生の中でもなかったと思う。寝ても覚めても先輩のことばかりで、私はよく頬を赤くしていた。向こうは、いや誰も気づいていなかったけど、私はよく先輩の話をしたし、実際に先輩の所に質問をしに行った(その分野に関心がなくても)。今となってはいい思い出だ。
連絡先すら聞けなかったから、その先輩が今どこで何をしているのかは私には分からない。だからというのも可笑しいが、私は密かに先輩のことを応援し続けたい。厳しい環境を乗り越えてもなお優秀でい続けた先輩だから、その才能を生かして活躍して欲しい。私は見る眼目のある女だな、そう思わせてくれたのも、私が好きだった先輩だったから。