風邪の時やテスト前など、我が家はいつも、茶色い瓶の甘ったるい栄養ドリンクだった。

大学で出会った女の子たちは、みんな服もメイクもおしゃれで、それなのに、誰もが今よりもっと目立とうと一生懸命だった。一方私は、いかにも「田舎から出てきたばかり」といった雰囲気で、いつまでたっても垢抜けなかった。

やっぱり場違いだったのかな……。そんなことを考えていたころ、私の前に現れたのがシュウ君だった。
「俺、あんまり派手な子は苦手なんだよね」
そう言うシュウ君は、サークルの中でも中心的な男の子で、顔はかわいい系。背は高くないけれど、足が長くてスタイルがよかった。
「ていうか、君みたいな感じの子、好きかも」
そんなシュウ君が、どうして私に興味を持ったのか、今でもわからない。

「好きかも」と言ったシュウ君と一緒にいた子は、私と同じ、地味な子

シュウ君からの「好きかも」というぼんやりした告白で、私たちは付き合い始めた。でも、これが私の戦いの始まりだった。
「シュウ君、違う女の子とふたりで歩いてたけど大丈夫?」
シュウ君と付き合いだしてすぐ、同じサークルの友達が私に言った。まさか……。そう思っていた矢先、私もシュウ君と女の子が手をつないでコンビニに入るのを見てしまった。女の子は、私と同じ、地味な子だった。

私は焦った。シュウ君を引き留めたい。何とかしてシュウ君を取り戻したい。
でも、鏡に映った私は、背が低くて、太っていて、全然かわいくない。
痩せよう。痩せてきれいになれば、きっとまた私を見てくれる。私はダイエットを始めた。
少しでも早く痩せたいから、食事はやめて水だけ。そうすると、面白いように体重が減っていった。家族や友達は、
「無理しすぎじゃない?」
と言ってきたけど、私は聞く耳を持たなかった。痩せたい。痩せてきれいになりたい。それしか考えられなくなっていた。

母にわめく私を、父は車に乗せて目的地なく走り、何も言わなかった

痩せることと、シュウ君のことしか考えられない。私は完全に冷静さを失くしていた。
栄養を取らないから、頭が働かず勉強に集中できない。いつも眠くて、生理の予定も遅れている。
母は何とか食事をさせようと、私の好物を作ったけど、私は食べなかった。
むしろ食事を勧めてくる母に反発して怒鳴りつけた。
その日も、母が作ったおかゆを前に私はわめき散らしていた。
「私はお母さんに似たから太ってるの!私が太ってるのはアンタのせいなんだから!」

母に代わって、口を開いたのは父だった。
「ちょっと車乗るか」

私はなぜか、おとなしく父の車に乗った。父は特に目的地はないようで、川沿いの道を走っていた。父は何も言わなかった。
私は、後部座席でシュウ君の昔のラインを読み返したり、少ない写真を見返したりしていたけれど、いつの間にか眠ってしまった。

目を覚ましたときは、まだ父の車の中だった。父は、後部座席の私にも聞こえないぐらいの声で、鼻歌を歌っていた。私の知らない歌だった。
「それなに? 変なの」
父は笑った。笑いながら、茶色い瓶の栄養ドリンクを私に差し出した。
「飲むか?」
私は受け取って、それを飲んだ。エナジードリンクではなく、栄養ドリンク。
そうそう、うちはいつもこれだったなぁ、と思っていたら笑えてきた。久しぶりに栄養を摂って、おかしくなっちゃったのかもしれない、と思った。

自分のコンプレックスを補うために、彼を利用していたのかもしれない

私は車の中で、シュウ君のことを父に話した。父は静かに、時々相づちを打ちながら聞いてくれて、私は、シュウ君は私の話をこんな風に聞いてくれたことあったかな、なんて考えた。

それからしばらくして、私はシュウ君にお別れのラインを送った。
今から思えば、私はシュウ君のことが好きだったわけではなくて、「みんなより地味」という自分のコンプレックスを補うために、彼を利用していたのかもしれない。
食事は少しづつ元の量に戻していって、体重はあっという間に戻った。家族は、
「このほうがいいよ」
と言ってくれる。

痩せることも、きれいになることも諦めていないけれど、私はもう少し、この栄養ドリンクのような甘さに浸っていたいと思う。