日曜の朝。父と食べた真っ黒焦げの目玉焼きは、苦くやさしい味がした

目玉焼きが好きだ。
シンプルでありながら奥が深く、ごはんやパンとも相性抜群。
何より白と黄色のコントラストで、バッチリと決める潔さが気に入っている。
きもち多めの油を注いだら、端がきつね色に色づく直前までじっと待ち、「ジュッ」と小気味良い音が立つくらいの水を入れたら、そっとフライパンに蓋をする。
あと少し、もう少しとソワソワしながらステップを踏む時間も、欠かすことのできない大事な工程のひとつ。
蓋を開けてムンムンな蒸気を浴びれば、あっという間に、はい完成。
プルプルの白身と、少しかための半熟の黄身が、マイベストオブ目玉焼きなのだ。
一体今までに何回つくってきたのだろう。
そして、何回失敗してきたのだろう。
はじめて作った目玉焼きは、黒くて苦くて、だけどもやさしい味だった。
小学1年生だった私にとって、日曜の朝は特別も特別。
誰もいないリビングのしんとした空気。
カーテンから薄らと漏れる、朝のか弱い光。
それから大好きなアニメ。
それら全てを独り占めできる日曜の朝は、平日や土曜にはない、ドキドキとワクワクで充ち足りるような何かがあった。
その日はいつもよりも早く目が覚めて、ひとりリビングでじっとしていた。
まだ薄暗くて、素足から伝わる床のつめたさを今でも覚えている。
みんなの朝ごはんを用意したら、きっとよろこんでくれるに違いない。
そう思い立ってからは早かった。
冷蔵庫から卵をとり出し、やっとのことで見つけ出したフライパンをコンロに上げる。
火のつけ方は分からなかったけど、何度か試すうちについてくれた。
ぼうっと燃え出す小さな火。
少しこわくて、暖かな火。
雪かきでもするみたいに記憶の断片をかき集めて、フライパンに卵を割り入れる。
みんなをびっくりさせたくて、できるだけ音は立てないように気をつけた。
いつも後片付けの役ばかりだった料理のお手伝い。
「びっくりするだろうな。みんなよろこぶだろうな」
そんな理想の未来にうっとりとしていたら、あたり一面、モクモク煙でいっぱいになっていた。
油も引かず、換気扇もつけずに割り落とした卵。
もはや見る影もないような黒い物体と化していた。
混乱する頭のなか。
泣きたくなるのを必死にこらえて、なんとかして火を止める。
どうすることもできずに立ち尽くしていると、自分でも気づかないうちに父が隣に立っていた。
「それ、ハンバーグ作ったの?」
ちがうの、のひと言が喉元まで出かかって、だけど言葉にはならなかった。
「うん」
私がそう言うと、父はおもむろに真っ黒になった目玉焼きをお皿にのせた。
「ひとりでハンバーグつくるなんて、すごいね」
なにもかもがバレバレの嘘だった。
それでも父は真っ黒焦げの目玉焼きにケチャップをかけて、一緒に食べようと私を誘ってくれた。
「うん、おいしいよ」
恐る恐る私もひと口食べてみると、それはやっぱり苦かった。
苦くて苦くて、だけど父のやさしさが染み込んだその目玉焼きは、少しだけおいしく感じられた。
そのほとんどをひとりで食べ切ってくれた父は、今でもあの日のことを覚えているだろうか。
きっと忘れっぽい父のことだから、「そんなことあったか?」なんてとぼけた顔で言うだろうな。
それでもあの日一緒に食べた目玉焼きの味を、私はこの先ずっとずっと忘れない。
真っ黒焦げの目玉焼きをハンバーグに変えてくれた日曜の朝は、いつまで経っても特別なのだ。
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