失恋。

それは、「自分の人生が好きな人の人生の中に含まれているかもしれない」という淡い妄想を打ち砕いて、「好きな人の人生は既に全く別の人のの人生と交わっていて、自分は赤の他人だったのだ」という現実を突きつけられることである。

好きな男の子が、私を引き合いに。気のある彼女の気を引くためだった

中学生のとき、好きな男の子がいた。根暗で、真面目で、友達がいない、そんな私が座る机のすぐ近くで、彼はカースト上位の女の子と楽しげに喋っていた。同じくカースト上位の男の子だった。

突然、彼が言う。「お前も〇〇さん見習えよ~」。気のある彼女の気を引くための言葉。彼女をイジるために、私を引き合いに出して比較してみせた。私なんかを褒めてるわけじゃない。彼女と話すためだけの、会話のダシ。
悲しみと虚しさと憤りに思考停止する私は、その汚い気持ちを悟られないように、ただ不器用に、「あはは」と笑うしかなかった。

この気持ちを悟られないように、なんでもない日常を過ごしていた

それから10年以上時は経ち、過ごす場所も人も変わった。新しい場所で、気になる人もできた。

だけどあの頃の私と変わらないことがひとつ。まだ私は誰とも付き合ったことがない。手をつないだことも、キスをしたことも。

そんな私は、現実の男の人が私のことをどう好きになってくれるのかを知らない。どうアプローチしてくれるのかを知らない。どうやって恋愛がはじまるのかを知らない。

好きになれる人が近くにいるという奇跡。そして、願わくばその人が自分を好きになってくれるという奇跡が起きてほしいとささやかに願いながら、この気持ちを悟られないように、なんでもない日常を過ごしていた。

「女」ではなく、「人間」としての私を知ってもらいたくて

何にでも恋愛の関係を挟むのは好きじゃない。だからこそ、まずは人間として相手を好きになりたかったし、相手にも人間として私を好きになってほしかった。

だから、明らさまなアピールはしなかったし、すっぴんで会ったこともあったし、リラックスしすぎた姿で同じ空間で過ごすこともあった。「女」ではなく「人間」としての私を知ってもらいたくて、飾らず自然体で過ごした。

だけど、彼には好きな人がいた。あの時と同じ、カースト上位。お嬢さま。クラスのマドンナ。そんな人。あの時の優しい眼差し、あの時の優しい言葉。それは全部、中学生のあの日の教室で起こった出来事と同じ。私を媒介にして、彼女に向けられたものだった。

「もしかして、私のことを好きなのかな?」。ウブで恋愛を知らない私が、そう一喜一憂する間にも、彼はずっと他の人を愛していたんだ。好きな人の言動の端々に見えた気がした好意は完全なる私の妄想で、1mmも現実じゃなかったことが分かってしまった。

ショッキングな出来事って、本当に朝イチで思い出す。初めて「恋」という存在が、リアルな質感を帯びた。

情報が揃うほど、自分は彼の眼中にカケラも入っていなかった事実が

だけど、一度も恋をしたことがない女は、それでもまだ信じたい。「私だけは特別で、簡単に手を出せないだけなんだ」と。

「きっと悪い女に騙されていたんだ」「流されただけで本気で好きじゃないんだ」「付き合ったことを後悔していてほしい」。そんな怖い妄想を。

だけど情報が揃えば揃うほど、自分は彼の眼中にカケラも入っていなかっただけという事実が突きつけられる。彼らは純粋に恋愛をしていて、私は完全なる部外者。彼女は恋愛ゲームの勝者で、私は土俵にすら上がれなかった。

それどころか、彼女に加点されるたび、私は減点されていたのだろう。中島みゆきの「化粧」を聞きながら、愛されたいと遠巻きに彼を眺めるだけで何もしなかった、自分の愚かさと気持ち悪さを呪った。

どうか、私の恋心が悟られていませんように。「彼もきっと私に気がある」という思い込みでとってしまった行為を全て消し去りたい。

今では、全てが彼女の気を引くためのものだったように思える

それでもやっぱり考えてしまう。
「一瞬でも私を視野にいれてくれたことはあるのかなぁ」って。
「あの時のあの言葉には、少なくとも好意が含まれていたのかなぁ」って。
私がもっとかわいかったら。所作や振る舞いがもっと綺麗だったら。また違う世界があったのかなぁって。

彼と交わした会話や笑顔のいったいどれくらいが、純粋に「私」との交流を楽しんでくれたものだったんだろう。今になって思えば、全てが彼女の気を引くためのものだったように思えてきて辛い。

なんだかいつも彼女のまわりにいるウザいやつそんな存在になっちゃってたのかな。コミュ障で不器用で自分のことしか見えていない、そんな人間からのアプローチなんて気持ち悪かっただろうな。

きっと彼にも彼女にも私は邪魔者で、明らかに恋愛下手なアプローチはさぞ滑稽に見えていたことだろう。仕事の評価でも私は彼女に劣ってたのかなぁ。そんな、いろいろな気持ちが交錯する。

初めて、「この恋は現実になるかもしれない」そう思えるほど近くで過ごせた関係性だった。その柔らかな眼差しを独り占めしてみたかった。「好きです」って言ってみたかった。

だけど、もう「実は、ずっと好きだったんです……」なんて言えない。だからせめて、今度は恋愛ゲームの土俵にあがれるよう、「いつでもかわいい私」になるんだ。