先日、私は結婚を決めた。彼と一緒に生きていきたいと心から思っている。すごく幸せだ。
そんな私だが、実は好きで好きで大好きで誰にも言えない恋をしたことがある。結婚相手の彼と出会う前の話だ。

後輩の話を聞いて思った。絶対に自分の気持ちを気付かれてはいけない

出会いは研究室。
16歳年上の、いつも仏頂面をして、そのくせ話が面白い研究室の先生のことを好きになった。
先生と私は相性が良かった。相手の言葉選びや話のテンポ感、そういうものが最初からぴったりだった。
しかし私は別に先生とどうこうなりたい訳ではなかった。ただ先生と一緒にいるのが楽しいだけだ。だって16歳上だし。だって先生だし。そう言い聞かせていた。

友達には言えなかった。
一個下の学年に本気で先生のことを好きになった女の子がいて、積極的にアプローチしていたが、先生に嗜められてぴたりと会いに来なくなった。その話を聞いて、私は絶対に自分の気持ちを気付かれてはいけないと思っていた。

お決まりのやりとりも、何度目かのやり取りで崩れることに

先生はあまり学生と食事に行かない人だった。更に言えば絶対に学生一人と先生一人ではご飯に行かない。二人きりで行って、何かあってはいけないから、らしい。
それを承知で私は先生のことをよく食事に誘っていた。「こんなに研究頑張ってるんだからご褒美に良いお肉ご馳走してくださいよ」とか「人のお金で美味しいものが食べたいです」とかそんな感じで、断られること前提でのお誘いだ。

実際に一緒に行くことを期待しているわけではなかった。先生も「アホか」とか「そんな金はない」とか私の誘いをバッサリ断る。お決まりのやりとりだった。何度目かのやり取りで、どういうつもりか先生は「カレーでも食べに行くか」と返事をし、お決まりのやりとりは崩れた。
それから私たちは二人きりで食事に行くようになった。

研究期間が終わって、卒業試験と国家試験の勉強に専念するようになってからも、私は先生に会うために研究室に顔を出した。
もう本当に無理かもしれないと追い詰められた時は不安を全てぶちまけた。先生は、決して無闇に楽観的な事は言わないが、言葉選びが絶妙で、私のことを鼓舞するのがうまかった。そういう感性も私たちは相性が良かったんだと思う。

結局私は先生のことを忘れられず、何度か連絡を取って食事に行った

卒業して、これでやっと先生のことを忘れられると思った。甘かった。

社会人となり、慣れない業務にいっぱいいっぱいで心が折れそうな時、受験期に私を鼓舞してくれた先生の言葉を度々反芻した。
結局私は先生のことを忘れるなんて出来ず、何度か連絡を取って食事に行った。

社会人になって2年目の冬、私に好意を抱いてくれる男性が現れたので、良い機会だと思ってデートをしたが、その帰り道で突発的に先生が住んでいる駅への電車に飛び乗った。やっぱり無理だ。もう今日、全て先生に伝えて終わりにしよう。そう思った。

ダメ元で電話をすると先生は出てくれた。食事に誘うと「ちょうど予定も終わったので30分後くらいなら駅に行ける」と答えた。ドキドキしたまま先生を待った。

激しく動揺。結局、私に触れなかったことはしっかり覚えている

食事をして、いつも通りにおしゃべりをして、時間がどんどん過ぎて、あっという間に終電の少し前の時間になった。「駅まで送るから」。先生にそう言われ店を出た。どうしよう、言う?言わない?今日じゃなくて良い?頭の中で考えがグルグル巡る。

「じゃあ、気をつけて帰りな」その声でハッとした。「待ってください」。声が信じられないくらい震えていて、心臓がバクバク鳴ってる。気づくと視界もぼやけていた。いつも仏頂面の先生が心配そうに私を見てる。

「先生のことが好きです」
言ってしまった。

先生はひどく動揺していて、でも私はそれよりも動揺していてこの時先生が何を言っていたか覚えていない。でも必死に私に声をかけている先生が私に手を伸ばして、結局私に触れなかったことはしっかり覚えている。駅前で号泣してる女がいるんだから肩くらい抱いてくれても良いじゃないですか先生。

たまに、残火でジリジリと焼かれるような苦しさもあった

この後、お互い考える時間ということでLINEでのやりとりが数日続いたが、先生の中で結論が出たと言うことで電話をし、そこで私はキッパリ振られた。

私のことは本当にかわいい教え子で、この仕事を誇りに思っているので、やはり“元”とはいえど学生とはそういう関係になれない。ただ、私のことは人間としてとても好きなので、私と縁を切るとかそういうことは出来ない、と。先生からしても、私は相性がとても良くて、一緒にいて楽しかった、と。

はちゃめちゃに泣いたが、私の気持ちに応えられないなら先生から縁を切ってくれよと怒る私がいる一方で、今後も恋愛抜きなら先生と会えるんだと嬉しく思う私もいた。

その後、二人で食事には行かなくなったが、私と友達と先生の三人で食事に行く機会は何度かあった。友達には私と先生のあれこれは伝えていなかった。もう絶対に先生は私の気持ちに応えないと分かっているから気楽だったが、たまに残火でジリジリと焼かれるような苦しさがあった。

帰り道。誰にも言えなかった恋を、ようやく伝えることができた

一年以上そんな状態が続いた後、転機があった。
職場の後輩に告白されたのだ。

緊張した顔つきで、泣いてこそはいないが手が震えていて、でも真っ直ぐに私を見てくれる目があった。唐突に先生に告白した時の自分と重なった。

この人の事をこれから好きになっていくのかもしれない。そんな予感があって、告白を受けた。その帰り道、二人で駅まで歩く道のりで、「今までずっと好きな人がいて、でも振られてて、この先もう他に誰かを好きになる事なんてないかもしれないと思っていた」。スルリと言葉が出てきた。誰にも言えなかった恋をようやく誰かに伝えることができたのだ。何故かわからないが、報われたような気がした。
予感は見事的中し、2年の交際を経て、彼と結婚することを決めた。
先生に対しての気持ちは、残火のような苦しいものから、元気で楽しく過ごしていて欲しいという穏やかなものにゆっくりと変わっていった。

何度か連絡を取ったが、コロナ禍であり、約2年会っていない。なんとなく、もう直接会うことはないのかもしれないと思っている。
これが、誰にも言えなかった私の恋の話。