「すき」。たったこの2文字が伝えられない。正しくは、伝えてはならない。
そう、私が恋した人は既婚者だから。

彼は私のことなんて眼中にない。だって彼は「結婚している」から

歳は彼の方が10歳上。出会いは彼が店員さんで、私がお客さん。LINEの方が連絡を取りやすいからと、連絡先を聞かれたことがはじまりだった。
The営業のお兄さん。結婚指輪をしているのに、奥さんがいる雰囲気が全くしない不思議な人。第一印象はそんなところ。
それから個人的に会うような仲になるまでに時間はかからなかった。

「紹介したい人がいる」と、定員さんとお客さんの関係で何度も連絡をとり、次第にたわいもない会話もするようになった。ふとした彼の優しさに触れると、心がきゅっとした。
でも、彼は私のことなんて、もちろん眼中にない。だって結婚しているんだもの。
その証拠に、彼氏のいない私に紹介したい人がいるという。私は紹介相手に興味は沸かなかった。だって、既に彼に心惹かれていたのだから。

彼がお客さんと連絡先を交換するのは特別なこと?私の心が高まった

プライベートで彼に会うための口実として、紹介される場に出向いた。紹介相手とぎこちなく挨拶を交わし、3人で居酒屋へ。たわいもない会話が続く。素直に楽しい時間だった。
でも、次第にお酒が進むにつれて、耳を疑うような言葉がとんできた。紹介相手が「彼がお客さんと個人の連絡先を交換するなんて、特別なことなんだよ」と言う。

え? え?! 私はどう捉えていいのかわからなかった。だって、連絡先を聞かれた時に、さもみんなとそうしているような流れだったから。
それを聞いた彼は否定もせずに、焼酎の水割りをすすっている。そして、そっとひと言、「職権乱用だね」と。
私はシレッと冷静を装い、「何言ってるんですか?彼が私なんかに特別なんて、ありえないですよー」と返すだけで精一杯だった。内心は、心臓が鳴り止まない。心がきゅーっとした。
その後はまた、たわいもない会話で1日がおわった。淡い関係。

それから、私は彼と2人でたまに飲みに行くようになった。仕事の話やなんてことない近況の話をする。キスをすることも、手を繋ぐこともない。
3人で会ったあの日の会話がなかったかのように。でも、あの日と少し違うのは、なんだか淡い雰囲気をお互いにまとっているということ。

私が彼との関係を求めてしまったら、終わりの始まりになってしまう

それでも……この関係が発展することはない。彼が私に本気になるなんてありえない。それは彼が奥さんを大事にしているから。
だから、私がこれ以上の関係を求めてしまったら終わりの始まりになってしまう。私は彼と会えれば、それでいい。楽しい時間を共有できるだけでいい。片想いなら自由。
こんなに純粋な「すき」なのに、伝えてはいけないこの想い。苦しいとはまさにこのこと。
だからせめて、彼には伝えられないありったけのすきをここに書きます。

優しいところがすき。仕事に一生懸命なところがすき。スーツが似合うところがすき。
くしゃっとした笑顔がすき。照れくさい時に顔を背けて笑うところがすき。
たまに意地悪なところがすき。お酒が強いところがすき。さりげない紳士さがすき。落ち着いた余裕のある振る舞いがすき。タバコを吸う横顔がすき。
一緒にいる時のやわらかい空気感がすき。居心地のいいところがすき。無言も気にならないところがすき。香水を付けていないのに香る甘い匂いがすき。お酒のグラスを持つ手の色っぽさがすき。私の知らない世界を教えてくれるところがすき。
たまに吐く弱音と自信のなさが、なぜかたまらなく愛おしい。

この「すき」の感情は、彼にもあげない。私だけのもの。いつか、他の誰かをすきになれますように。