突然のひいおばあちゃんの死。祖母は私に遺言を預かったと言った

亡くなった人は帰ってこない。何度も聞いて飽きては納得したフリが板についてきた時だった。私はこれから先、ひいおばあちゃんが作ったぜんざいを食べることはできなくなってしまった。想像したくなかった瞬間ほどある日突然起こるもので、母が慌ただしく動いているのを見てふと、ぜんざいを作りたくなったのだ。

母の呆れた顔から目を背けてキッチンに立ったが、母は何も言わなかった。私と母を迎えに来た祖母から「遺言を預かった」と言われて、頭が真っ白になった。預かるようなことをしたわけでもないのに、他の孫やひ孫と同じように接してもらっていたはずなのに、どこにでもいる私は何を預けられたのだろうか。

祖母が言うにはひいおばあちゃんにとって私といとこが同じ時期に成人式を迎えるのがたいそう嬉しかったそうだ。自分のひ孫で振袖と袴を同時に見られる事が楽しみだったそうだ。それもご近所さんに「自分は男の子と女の子の成人式が同時に見れる。あの子達は年齢が同じで誕生日も近いから男女の双子みたいでしょ」と何回も自慢していたというから相当楽しみだったのだろう。

自分の体の状態がどんなに悪くても一目、双子の晴れ姿を見るために入院先のベッドを移動させて欲しいと医師に頼んだのだから、私達の両親より心を躍らせていたのだ。

ひいおばあちゃんが作るぜんざいを食べた私は、あの味を探し求める

私が初めてぜんざいを食べたのがひいおばあちゃんが作ってくれたものだった。香ばしいお餅と甘い餡子の奥にあるコク。私の記憶が正しかったら、大きな釜で作っていて、湯気がモクモクと上がる中、1人で何人分も取り分けていた。お餅を焼くのが上手でお餅の角だけに焦げ目がついて、中は餡子の甘さが沁みていた。

どこまでも伸びるお餅にひいおばあちゃんとの未来を描いたのに。作り手がいないお餅は膨らんでは焦げて、変形し跡形も無く崩れていった。私の心のように。一流の職人がいなくなれば、絶品料理を口にすることはできない。紛い物を食べた美食家は職人を探し、忘れられない味を求めて、再会できることを願うのだ。

「あなたは、あなた達は私にとって自慢のひ孫」
これが遺言だった。振袖姿を見せられなかった私は自慢のひ孫だろうか。これから先もあなたにとって自慢のひ孫であり続けられるだろうか。答えは私がどんな風に生きていくのかによって変わるだろうし、年を重ねても正解に辿り着けないのかもしれない。それでも私に託された遺言だ。世界から見て特に意味を成さない私でも、ひいおばあちゃんにとっては特別なはずだ。私を唯一無二だと言ってくれる人のために人生を頑張ってみたい。

味見をするとしょっぱいぜんざい。瞳から溢れた「涙」の調味料

小さな鍋に入っているお餅は小豆と追いかけっこをしている。小豆はお餅に追いつくだろうか。お箸でかき混ぜると小豆が速度を上げる。そこから漂う甘い匂いはひいおばあちゃんのぜんざいそのもので。
でも、味見をするとなんだかしょっぱくて、自分が泣いていることに気づいた。鍋に落ちる涙が現実を知らせていると思ったら、涙が止まらなかった。
きっと私はあの頃の私から成長していない。受け入れなければいけない事は分かっているのに、覚悟を決められなくて、ずぐずぐずしているのだ。もう一度話せたら、それだけでいいのに。こんな簡単な願いが届かないのは、わたしが未熟だからだろうか。

もっと会えていたら、しょっぱいぜんざいを食べずに済んだのだろうか。同じ材料なのに、何が違うのだろう。瞳から溢れる調味料は要らないのか。まだまだひいおばあちゃんには追いつけそうにない。

でも、それでいいのだ。目の前にいなくてもひいおばあちゃんとの思い出は増えたから。お椀によそったぜんざいを見るとお餅と小豆がくっついていたから、さらにしょっぱくなった。