学生生活が、もうすぐ終わろうとしている。
2022年は、私にとって間違いなく新しいスタートの年になるわけだが、あえて「2022年やりたいことリスト」ではなく、「2022年やらないことリスト」を作ることにした。

ネガティブな印象が拭えない「やらないことリスト」作成は時間を要す

以下が、そのリストの暫定版である。

  1. スマホで夜ふかし
  2. 月2回以上の長時間昼寝
  3. 「泣く」と「怒る」を同時進行
  4. お菓子・フルーツ類の早食い
  5. 作り笑いとバレる作り笑い
  6. 図書館本の延滞
  7. 語尾のフェードアウト
  8. お風呂の栓の抜き忘れ

本当は10個挙げるつもりだったのだが、⑧まで考えるのにかなりの時間を要してしまった。
「やりたいことリスト」はポジティブな作業に思えるのに対し、「やらないことリスト」はネガティブな印象が拭えないからだろうか。

私は、何かを表現するときにネガティブな言葉ばかり使う人のことが、あまり好きになれない。
例えば、「好きなタイプは?」と聞かれたとき、「クールな人」とか「誠実な人」と答えれば良いものを、「しつこくない人」とか「浮気をしない人」のように「~ない人」としか答えない人を見ると、少しだけ哀しい気持ちになってしまう。
もちろん、ネガティブな言葉の方が、物事をより正確に表現できることもあると思うから、それを使うのが決して悪いことだとは思わない。けれど、たぶん私自身が、ネガティブな言葉で何かを表現するのが苦手なのだと思う。

「やりたいこと」ではなく「やらないこと」をリストアップした理由

にもかかわらず、私が「やりたいこと」ではなく「やらないこと」をリストアップしようと決めたのには、理由がある。

私は大学1年生の頃から、フリーランスの音楽家として、結婚式やイベントでの演奏、オーケストラの賛助や指導、音楽教室や自宅で生徒さんにヴァイオリンを教えるなど、様々な場所で様々なお仕事をさせていただいている。
来年度からも少し勤務先が増える予定だが、2022年に限らず、これから新たにやってみたい仕事は他にも沢山あって、パッと思いつくものだけでも10個を超えてしまった。

しかし、そうやって「やりたいこと」ばかり増やしてしまうと、それを達成するため自らに課す膨大な量の課題や習慣に追われて、新しいものや人を受け入れる心のスペースを失ってしまうのではないか。
今まで知らなかったことや、特にやりたいと思っていなかったことでも、実際にやってみるとものすごく面白いかもしれない。それが次第に「やりたいこと」になっていくかもしれない。
新社会人として、今までよりも更に仕事の幅を広げたいと考えている私にとって、「やりたいことリスト」を作りそれにしがみ付いてしまうことは、むしろチャンスを限定する行為になってしまうのではないだろうか。

自分自身の断捨離をしてスペースを作り、きたるべきチャンスに備える

ふとそんなことを考えてしまったから、私は「やりたいことリスト」作りをやめることにした。
そして、代わりに「やらないことリスト」を作り、自分自身の断捨離をしようと思ったのだった。自分の中にスペースを作り、きたるべきチャンスに備えよう、と。

「やらないことリスト」を作ることは、自分の悪い癖や習慣と正面から向き合うことに等しく、だからとても難しかった。
冒頭に書いた8個の「やらないこと」は、一見とても簡単に見えるかもしれない。
でもこれらは、ここ数年、私がなかなかやめられなかったことばかりだ。特に⑧の"お風呂の栓の抜き忘れ"で母に叱られた回数は、もはや数え切れない。

「無くて七癖」ということわざがあるけれど、本当にその通りだと思う。
今、やりたいことがありすぎてそれを達成するための課題に押し潰されそうな人、やりたいことが思い浮かばなくて焦りを覚えている人には、逆に「やらないことリスト」を作ってみたらどうかと提案したい。
そうすれば、いったん肩の力を抜きつつ、無自覚だった悪癖を見直すこともできて、一石二鳥なのではないかと思うから。

最後に、私の周りにいてくれる人たちへ。
もし私が「2022年やらないことリスト」に書いたことをやってしまっていたら、「ちょっと、だめでしょ」と遠慮なく注意してほしい。