一人暮らしすると決めて、「これを機に別人になってやろう」と思った

人にはいつか旅立ちの日が訪れる。
私のそれはいつだったか。

私は実家では、朝はギリギリまで寝ていて、帰ってきたらご飯ができるまで好きなことをしているような人間だった。夜は当然遅くまで起きている。
生活習慣が乱れていると、色々なことが上手くいかない。大学の就職活動もまるでだめだった。家事の手伝いもできない私は、実家から近い場所で仕事を探し続けていた。

卒業直前に内定が出た会社は、希望の職種だったが、家から通うには遠すぎる場所だった。拘っていた実家からの通勤をあっさり諦め、一人暮らしすることを決めた。
これを機に別人になってやろう。そう思った。

新しい挑戦を始めた新生活。今までの私ではありえないと感じた毎日

新生活が始まってから、色々なことをやった。運転免許の取得、自動車の購入。不動産契約や引越しもほとんど自分だけで行った。お金だけは親に借りることもあった。
仕事は肉体労働もある。細い小さいと言われてきた体だったが、腕に力こぶができるようになった。

くよくよしやすい性格だったが、いつまでも繊細でいられない。朝は鏡の前で笑ってみる。現場では必要な時は大声を出す。今までの私ではありえないと感じた。そんな毎日だった。

夏休み、久しぶりに実家を訪れた。アパートのある街とは違い、むしっとした湿気がある。通勤時に眺めている山々は見えず、建ち並ぶビルと電線の向こうに電車の音がたくさん聞こえる。

日常だった風景が、別の家庭としてドラマのワンシーンのようで

インテリアを白や木目調と決めて揃えた私の部屋とは違い、家の台所はごちゃごちゃした色調で統一感がなく、落ち着かない。

私の記憶の中では、ここは安心して暮らせる棲家のはずだったのに。
その家の住人は今も、料理や、スポーツ観戦や、携帯ゲームをして何も変わらないかのように過ごしている。私は早く自分の部屋のベッドで寝たいと考えていた。

母が料理を出してくれる。普段では食べきれない量の品数を出してきて、見ているだけでお腹がいっぱいだ。昔はこんなのなんでもなかった。むしろおかわりしていた。
別人になった。家族とはいまや、別人だ。

ほんの数ヶ月前までは日常だった風景が、別の家庭としてドラマのワンシーンのように見える。部屋の明かりはもっと白く鮮やかなものが好みだから、こんな古めかしい電球は目に悪い気がする。ああ、居心地が悪い。この女性は、白髪が目立つ。私の毎日見慣れている風景にはいない。でも、その目の横の皺はなぜだろう、とても懐かしいのだ。

一緒に子猫の動画を見ながらかわいいと微笑んだ時。他の家族は誰も笑っていないのに一人爆笑していた時。喧嘩して睨んだ時。いびきがうるさいと覗き込んだ時。それは、生まれてから大学卒業までを共に同じ空間で過ごした人間のものに違いなかった。

当たり前だったものが自分と離ればなれになっていたと気づいた時、私は実家から旅立った。春はただ前しか向いていなくて、何も感じていなかったけれど、その時初めて思った。
この懐かしさを知ることが、一人暮らしと実家暮らしという言葉の間にあるものなのだ。