あなたのクリスマスの思い出は?
そんなことを聞かれたら、少し黙ってしまう。直近のクリスマス、多分去年は朝から晩まで仕事だった。一昨年は、と思い出そうとしたが何も出て来ない。
いやいや、記憶を遡っていけば何かしら。
ケーキに乗るマジパンが美味しそうで、サンタクロースに手を伸ばす
頭を振ってようやく出て来たのは小学生の頃、実家で行ったクリスマスパーティーだ。
それは家族だけのこじんまりしたパーティーだったが、両親と兄弟、祖父母でオードブルやケーキを囲んでなかなか盛大に行った。
何せ私の誕生日祝いが含まれている。クリスマス近くに生まれた子どもあるあるだが、我が家もクリスマスと誕生日は一緒くたに祝われていた。
多少の不満はあったものの、プレゼントとご馳走があれば機嫌が良くなる単純な子どもだった。
と、ここで話が変わるが、一般的に「マジパン」の存在を知るのはいつ頃なのだろうか。デコレーションケーキの上に乗っている、あの「マジパン」である。
私はかなり成長してから某美少女戦士アニメの敵役で名前を知った。その為小学生の私にとってあの硬い食用サンタクロースや動物たちはただの「砂糖の塊」という認識だった。
そんなものの味などたかが知れているが、往々にして特別なケーキに乗っている可愛いマジパンたちは、とてつもなく美味しそうに見えたりする。甘党だった私も例に漏れず「おたんじょうびおめでとう!」のネームプレートを平らげた後、サンタクロースを象ったマジパンに手を伸ばした。
「パン」の要素がどこにもないマジパンを噛んだ私に待っていた惨状
確かその時、姉から「それ食べるの?」と聞かれた気がする。やめなよ、のニュアンスを込めて。当時は単純に羨ましがられていると思っていたが、姉はこの後のことを薄々分かっていたのかもしれない。
私はサンタクロースを頭から口に入れると――思いっきり噛んだ。
マジパンに触ったことがある人は分かるだろうが、あれはものすごく硬い。名前に「パン」と入っているがどこにもパン要素はない。それを思いっきり噛んだ子どもがどうなるか。
「歯がグラグラする」
まだ残っていた乳歯がやられた。当たり前だが歯茎から血も出た。サンタクロースにも血が付いた。
ちょっとした惨状だ。
母がすぐさま歯の状況を確認し、被害にあったのが乳歯だと分かると「抜いちゃおう」と言った。
その時の私の気持ちを察して欲しい。親の抜歯宣言ほど恐ろしいものはない。
必死で拒絶した。嫌だと言った。多分泣いた。けれど「それなら歯医者さんに行くよ」「どうせ抜かなきゃいけないんだよ」「その歯で明日まで過ごすの?」などなど言われれば抵抗も弱くなる。
どう考えても親の抜歯より歯医者に行った方が百倍マシなのだが、大の歯医者嫌いだった私は選択を誤った。
「お母さんに抜いてもらう」
本当に馬鹿だと思う。
膝枕された私は母に何の捻りもない、歯を直接引っ張るという方法で抜歯された。かなり痛かったし、もちろん噛んだ時の比ではない血が出た。
とんだ血みどろクリスマスである。
どこを探しても、あの血みどろクリスマス以上の思い出が出てこない
今でもクリスマスの時期、あの頃より美しいデコレーションケーキとその上にちょこんと座るサンタクロースを見ると、苦い気持ちになる。
いつだったか、三流ホラーでサンタクロースの服が赤いのは子どもの返り血云々という話があったが、実際にサンタクロースを血で染めた身としては何も笑えない。哀れなサンタクロースは、その後「もう誰も食べられない」とゴミ箱に捨てられてしまった。
しかし何より哀れなのは、血に染まったサンタクロースですら「何で捨てるの、まだ食べたかった!」と食い意地を張ってごねた自分だ。
本当に、本当に馬鹿である。
そんな私も結婚適齢期ど真ん中を少し過ぎ、本来ならばロマンチックな、もしくはほろ苦いクリスマスの思い出の一つや二つあっても良い年になった。
が、ない。どこを探してもない。あの血みどろクリスマス以上の思い出が出てこない。
今年も予定が白紙のクリスマス。「これが本当のホワイト・クリスマス」なんて冗談に笑ってくれる人を募集している。