クリスマスに恋人としっかりお祝いをした経験は私にはない。いわゆる、チキンを用意して、クリスマスケーキを用意して、シャンパンやワインを用意して、クリスマスプレゼントを渡し合って、大切な思い出になりました……みたいなステレオタイプの思い出がない。
キリスト教徒でもないのに、その時期だけキリスト教徒の恋人らしく振る舞うのもなんだか嫌だったし、キリストの誕生日(正確には誕生日ではないらしいけど)にかこつけて、恋人の記念日のように祝う意味がわからなくて。
だから、恋人とのクリスマスはフライドチキンは一緒に食べても、それ以上の特別なことをした記憶がなかった。
たったひとつだけ、それに近い思い出を除いて。ただし、恋人ではなく、元カレと過ごしたから、ステレオタイプの思い出とは少し違うけれど。

いつか同じくらい私を好きになってくれたら。激しく切ない初めての恋

その彼は初めてお付き合いした人だった。優しくて、お人好しで、穏やかな人だった。私がどんなに怒っていても、彼に笑顔でごめんねって言われると、しょうがないなぁって思えて許してしまえるほど、私は彼に惹かれていたし、彼も私のことをとても大切にしてくれた。ずっと一緒にいたいと思ったし、この気持ちが消えることはないと思っていた。

私から彼を好きになって、告白をして付き合った。時間を経るほどに私たちは恋人らしくなっていった、使えば馴染む革製品のように。
彼は付き合い初めの頃はあまり私のことを好きではなくて、私ばかり気持ちが強かった気がする。けれど、それでもいいと思っていたし、いつか同じくらい私を好きになると思っていた。私が彼を知って好きになっていったように彼も私のことを知って好きになってもらえれば良いと思っていた。
私は初めて付き合ったから、加減もわからず自分の思う通りに彼にいつも気持ちを伝え、行動もしていた。彼が望むものをなんでもしたいと思ったし、どんなことでも受け入れたいと思った。
今思い返しても彼に対する私の言動はすべて若くて、未熟だったと思う。
激しくて切ない恋だった。そう、私の恋は継続できなかったのだ。私の気持ちが少しずつ冷えていくのに対して、彼の気持ちは熱くなっていった。私たちの気持ちは反比例していた。

彼への気持ちがわからないけど喜ぶ顔は見たいから、ケーキを予約

付き合いはじめて1年が経った頃、私自身の彼への気持ちがよくわからなくなっていた。
恋人として人としての好きなのか、もはやよくわからなかった。

ただ、相変わらず彼が喜ぶ顔が見たいと思っていたし、恋が愛に変わった瞬間なのかもとも思っていて、彼とクリスマスを過ごすことになんの抵抗もなかった。
今年はどうしようかなぁと考えていると、彼が何時ぞや話していた時に、クリスマスにクリスマスケーキを食べるのっていいよねと何気なく言っていたことを思い出した。
彼はイチゴのショートケーキが好き、だから、それを予約しよう、それを当日に一緒に食べよう。
私の中で計算式のようにいろいろなものがつながった瞬間、私はケーキ屋さんに走り込み、予約をしてイブに受け取るようにした。ケーキを一緒に食べるのが楽しみだとその瞬間は思っていた。ところが、クリスマスの一週間ほど前に私たちは別れてしまった。理由はなんだったのか思い出せないけれど、ひどく互いを傷つけて別れてしまった。

彼が好きだからこのケーキを予約した。そう思った瞬間彼の家に走った

私は別れたショックで、しばらくボーっと毎日を過ごしていて、ケーキの予約のこともとうに忘れていた。なんとか数日が経ち、世の中のクリスマスムードに気づいた瞬間、クリスマスイブの日にケーキを予約していたことを思い出して、当日ケーキを受け取りに行った。
受け取ったケーキを持って帰る道すがら、家に着いたら一人で食べようとか考えていたのに、いざ家に着くと、とても一人で食べられないと思った。
私はショートケーキが苦手なのだ。このケーキは彼が好きだから予約したのだ。
もうそう思った瞬間、いてもたってもいられず、ケーキを持って彼の家に走っていった。

寒空の下、どれほどそうしていたのか、彼の部屋の前でベルを押そうかどうしようか迷いあぐね立ち尽くした。意を決して思い切ってベルを押すと彼が出てきて、心底驚いた声で「どしたの?!」と聞いた。
「このケーキ、君に食べてほしくて、予約してたんだけど。びっくりさせようと思って。用意してたんだけど、私一人じゃ食べられなくて、私、いてもたってもいられなくて」
無我夢中でこんなことを言った気がする。

大好きな笑顔を見て、この人がとても好きなのだと改めて気づいた

それから彼は暖かい家に入れてくれた。私が大好きなあの笑顔でケーキを喜んで食べてくれて、ありがとうって言ってくれた。
その笑顔を見て、初めの頃のような強い気持ちは確かに消えていたけれど、私はこの人がとても好きなのだと改めて気づいた。
その後、このクリスマスケーキのおかげで私たちは無事に復縁することになる。
フライドチキンもシャンパンもプレゼントもないけれど、彼のために用意したショートケーキはあって、そばには彼がいて、それを彼と一緒に食べることができて、私にとって大切な思い出ができた。

クリスマスを恋人とお祝いすることは今もしたいとは思わない。
けれど、あの日のあの奇跡みたいな出来事は私にとっての忘れられないクリスマスプレゼントだ。そんな奇跡が起きうる、それがクリスマスなのだと思う。だから、大人になっても、クリスマスが好きだ。