ガチャン!おお!ついに憧れの席に座ったぞ!!よし、出よう!ガタガタガタ……ガタ……。
あれ……おかしい!!開かない!!
頭が真っ白になって心臓がドクドク聞こえ始める。

ベビーチェアが特別に見えた小学生の私。ご褒美に座ってみると…

当時小学3年生の私は習い事のピアノを終え、トイレに入っていた。そして目の前に入った「ベビーチェア」によじのぼり、自分でロックをかけたのだった。

ベビーチェアは幼児連れの母親が用を足す際、一時的に子どもに座ってもらい、安全を確保するためのものだ。ロックというのは子どもが座った後、転落しないようにお腹の辺りで止めておく、ジェットコースターの安全バーのようなものだった。

小学生の私にはトイレの個室にある「ベビーチェア」が、なぜか特別なものに見えて、座ってみたくて仕方なかった。
そしてレッスンが終わったある日、ピアノ教室のトイレにある特別綺麗なそれにご褒美として座ってみた。

「出れない……」
どうやら外からロックを外すのは容易だが、座っている人が外すのは相当な力がいるらしい。そしてチェアからトイレの個室の扉も遠すぎて、扉を開けることなんて不可能だ。これ程までに漫画ワンピースの主人公、ルフィーの腕が伸びる能力が欲しいと思ったことはなかった。
「このまま出れなかったらどうしよう」
「誰も来なかったら……」
自他共に認める心配性の私は、最悪の事態を考える天才だった。
しかも子どもの頃って未知なものが多すぎて、小さなことでも不安になりませんでしたか?私はこのとき、もう一生ここから出られないのではないかとまで思い詰めた。

頼み事が苦手な私が叫んだ言葉。しばらくすると「大丈夫?」の声が

私は4人兄弟の中、手がかからないいい子だったようだ。それまであまり自己主張をしてこなかったせいか、「人に頼み事をする」ということが苦手だった。でもその時ばかりはそんなことも言ってられない。
「誰か~!!だ~れ~か~!たすけて~!!た~す~け~て~!!!」
もう、誰でもいいからここから出してほしい。切実だった。恥も、今の状況をどう思われるかもどうでもよかった。切実。もう切実に力の限り叫んだ。
しばらくすると、声がしてきた。誰か来たようだ。コンコンと目の前からノック音。
「大丈夫?」
大人の人が私に声をかけてくれている!!
「赤ちゃんの椅子に座ったら、出れなくなっちゃって……」
「え!?どういうこと!?扉も空けれないの?」
「届かないです」
「ええっと、待っててね!受付の人呼ぶね!」
救世主は、ピアノ教室の受付のお姉さんを呼んでくれた。

しばらくすると個室の上からひょこっとお姉さんの顔が見えた。
「大丈夫~?あ、出れなくなっちゃったんだね~」
わざわざ脚立に登って私をベビーチェア牢獄から救ってくれたお姉さんは優しかった。
お姉さんを呼んでくれた大人の人は、友達のお母さんだった。恥ずかしいとかもうどうでもいい。切実。助かってよかった。

助けを求めたら誰かが来てくれる。その安心感は大事な経験になった

久々の地面に降り立った私は、助けてくれた2人にお礼を言い、母に怒られるだろうと気後れしながらトイレを後にした。
「あれ?遅かったね?」
母は気づいていなかったらしく、事の経緯を説明すると笑いながら、助けてくれた2人にお礼を言いに行った。

私は意外と絶望を感じていた時間が短かったことと、簡単に助かって特に何も影響がなかったことに驚いた。
人生なんとかなるのかもしれない。初めてそう思った。助けを求めたら、誰かが来てくれる。その安心感が芽生えた、子どもながらに気遣いがちだった私にとって、ちょっと不思議で大事な経験だったと思う。

一見間抜けな出来事だが、私にとっては恥を捨てて人を頼った、インパクトのある思い出だ。この先、恥ずかしくて人に頼りにくいこともあるかもしれない。そんなときはあの時必死だった自分と、優しく助けてくれた人達や気にしなかった母を思い出したい。
そして今、あんぽんたんな自分を助けてくれる人なんているのだろうかと思う人、大丈夫です。トイレから出れなくて切実に助けを求めた私を、真剣に助けてくれた人がいるから。声を上げればどこかにそんな人がいるはず!!