昔から、「自分探しの旅」というフレーズが嫌いだった。
普段行くことのない場所で「自分」を見つけられるわけがないし、急に成長できるわけもない。本当の自分は、自分の中にしか存在しないはずだ、と。
しかしそんな私にも、今までの自分にはない「勇敢さ」を見出し、成長できたと思えた旅がある。

人生初めての一人旅は、五島列島の「小値賀島」に行った

それは、高3になる直前の春休みに決行した、私にとって初めての1人旅。
ある音楽祭に参加するため、五島列島の北部にある小値賀島(おぢかじま)という島へ1人で訪れたときのことだ。

そのとき私が受講生として参加した音楽祭は、著名な演奏家によるコンサートが行われるだけではなく、その著名な演奏家である先生方から直々にレッスンを受けることができる、という内容のものだった。また、先生方のコンサートとは別に、地元の老人ホームや寺院で行われるコンサートには受講生も出演することができ、それも魅力的だった。

ここまで読んでくださった方のなかで、まず東京から小値賀島までどうやって行くのか、疑問に思った方もいるだろう。
なにしろ遠いので、いろいろな行き方があるのだが、私は以下のルートを採用した。

①羽田空港─長崎空港(飛行機2時間強)
②長崎空港─JR佐世保駅(行き:ジャンボタクシー1時間弱、帰り:バス2時間弱)
③JR佐世保駅─佐世保港(徒歩10分)
④佐世保港─小値賀島(行き:高速船1時間半、帰り:フェリー3時間弱)

なかなかである。初の1人旅にしては、色々な意味でハードルが高い。
もちろん当時は高校生だったので、資金は親が援助してくれたのだが、周りに小値賀島に行ったことのある人はあまりいなかったため、移動手段や旅館の下調べは自力でやるしかなかった。

波乱万丈な長崎道中。旅終えて思ったのは、自分の行動力だった

そして出発後、移動だけでほぼ終日を要する長い道中、私はずっと1人だった。
長崎空港まではまだ良かったが、ジャンボタクシーの乗り場を見つけられるか、佐世保駅から佐世保港まで辿り着けるか、土地勘がないうえに方向音痴な私はすごく不安だった。
そして佐世保港で乗り込んだ高速船は、時間が短いのは救いだったが、予想以上に揺れたため、初めて「船酔い」の感覚を理解することになってしまう。
しかも、この高速船に乗っている他の乗客はほぼ音楽祭の受講生らしき人ばかりなのだが、その大半が親御さんと一緒だったものだから、更に心細くなってしまったのだった。

音楽祭終了後の帰りの道中も、それなりに波瀾万丈だった。
時間の関係で、島からは高速船ではなくフェリーに乗り込んだのだが、これがまた船酔いを誘発する代物で。このときは、音楽祭で仲良くなった受講生とその親御さんが一緒だったので、そこまで心細くはなかったが、旅の直前に『タイタニック』を観てしまっていたので、正直怖かった(とは言え、ちゃっかりタイタニックポーズを決めた写真は残っている)。

そして仲良くなった受講生たちと佐世保港で別れた後、バス乗り場が佐世保駅のすぐ近くにあるとばかり思っていた私は、そうではないことに気付き、ひどく動揺した。
Googleマップを駆使しながらなんとかバス乗り場まで辿り着き、ほっと安心したのも束の間、今度はバスの時刻表が当初と変わっていて、飛行機の時間までに空港に辿り着けるかが危ぶまれた。すぐさま空港に電話し、バスでの時間をそわそわしながら過ごしたが、結局早めに到着でき、飛行機自体も遅れていたため、事なきを得たのだった。

旅を終えてから、私は自分で自分の行動力に驚いていた。そして「日本国内だったら、もう私は1人でどこにでも行けるんだろうな」と思ったことをよく覚えている。
以前の私だったら、1人で知らない土地に行くなんて到底できなかったと思うし、想定外のトラブルにも慌ててしまっただろう。でも、この旅の、自分1人で乗り切らなければいけない状況のなかで、私は今までの自分にはなかった「勇敢さ」を見出すことができたと思っている。

全てが大切な思い出でも、鮮明に思い出せるのは一人ぼっちの時間で

小値賀島で過ごした時間は4泊5日。
泊まった旅館のごはんが、特に新鮮なお刺身が、とても美味しかったこと。
旅館からレッスン会場まで距離があったから、毎回運営の方が車で送ってくださったのだが、その手厚さに嬉しい意味で驚いたこと。
島を散策できる時間もあって、そこで年の近い他の受講生と話せたり、その受講生の親御さんもすごく面倒見が良かったりして、緊張が段々ほぐれてきたこと。
受講生による寺院でのコンサートが終わったとき、運営の責任者の方から「凄く楽しそうに弾いていて、『魅せる』のが上手だね」と言っていただけたこと。

憧れの先生に最後のレッスンをしていただいた後、最終日に行われる選抜受講生によるコンサートの出演者に選んでいただけたこと。
帰りのフェリーに乗るとき、島の人たちがたくさん見送りに来てくださって、色とりどりの紙テープを投げ入れてくれたこと。あの景色の美しさは、ちょっと忘れがたい。

あの島で体験したことや感じたこと、そのすべてが大切な思い出だ。
けれどあの旅の記憶のなかで、私が今でも1番鮮明に思い出せるのは、小値賀島に滞在していた間のことではなく、1人ぼっちで乗り切った長い道中のことなのだ。

知らない土地へ行くこと。
それはワクワクと同時に、少々ストレスやプレッシャーを感じることでもあって、勇敢さを求められる行為とも言える。
でも、だからこそ、一度得た勇敢さが持続しない私にとって、旅は必要なのだと思う。

状況が落ち着いて、自由に旅ができる世の中になったら、いつか1人で海外に行ってみようか。
海外の1人旅なんて、更に不安でいっぱいになりそうだけれど、ヨーロッパに留学している友人や先輩にも会いたいし。
このエッセイを書きながら、私はそんなことを考えていた。