大人になりたくてもなりきれていない自分を、強烈に惹きつけた
山田詠美さんという作家さんがいらっしゃる。私は山田さんの本が大好きだ。
確かきっかけは高校2年か3年の時の国語の授業。大学入試に向けて配られた模試の長文問題に、山田さんの文章が取り上げられていた。小学校高学年の頃から本好きであった私は、その見たことのない文体と、そこから生まれる独特な世界観に惹きつけられた。
そこから山田さんの本を読み始め、気が付けば本屋さんで、古書店で、山田さんの本を探しては買い集め、読みふけっていた。高校が電車通学であった私は、その往復1時間の読書が楽しみであった。
小説に出てくる人たちは、特に私に似ているわけではなかった。
山田さんの描く世界観に憧れは抱いても、それは私が作れる世界観ではない。ただそのほかにはないクールな雰囲気と、達観したような文体、登場人物の心情、それが大人になりたくてもなりきれていない自分を強烈に惹きつけた。
いってみれば、不良やギャルに憧れる女子高生のような感じであった。我が道をいく登場人物たちは、自分の現実世界での周りにはなかなかいない存在で、彼女たちがとてもまぶしく思えた。
周りの人と少し違う道を進もうとする自分を、肯定してあげたかった
その頃の私は、声優を目指して大学受験勉強をしながら養成所にも通っていた。
周りにも親戚にもそんな道を辿ってきた人おらず、何も見えない中を自分で切り開いて突き進んでいかなければいけない感覚があった。常に不安を抱えながらも、それに打ち勝つために、周りと違う道を進む自分に対しての自信が必要だった。
学校では周りと一緒の方が安心だし、いじめなどのターゲットにもされにくい。一方で養成所では自分の個性が求められ、人と違うことが武器にもなった。
山田さんの本を読むことで、学校や周囲にいる人たちと少し違う道を進もうとする自分を肯定してあげたかったんだと思う。親にもプロを目指すことはいい顔をされないだろうと思って黙っていたし、親友の中には話を聞いて反対する子もいた。
その子は私のことを思って反対してくれたのかもしれないけれど、私は孤独感を感じた。その不安や孤独感から抜け出すために、私は山田さんの本が必要だったのだと思う。
人と違う選択をすることに対しての自信、それはクールにかっこよく生きること、そんな自己肯定が必要だった。
自分に勢いをつけたいとき、自分らしくありたいときに読みたくなる
もう一つ、山田さんの本に惹きつけられた要素に恋愛がある。中学高校と一貫の女子高に通っていた私は、文中で描かれる強烈な恋愛観や情事に思わず惹きつけられた。
恋人はおろか、恋愛すらほとんどしたことがなかった私にとって、それは未知の世界であった。世間的にはタブー視されている恋愛関係であっても、惹かれあっている男女をはたから見て、なんだかそれを許容したくなった。それが大人の世界だという感じがした。そこで広がっている関係は、少女漫画にはなかなか出てこない複雑なものばかりであり、大人に近づきたい私を惹きつけた。
大学生になって通学時間がなくなり、本を読む機会は減ってしまったが、今でも、自分に勢いをつけたいとき、不安に打ち勝って自分らしくありたいときに山田さんの本を読みたいなと思う時がある。自分にとっての芯に近い。
私は周りに「芯が強い、軸がブレないイメージがある」と言われることがあるが、今でもその私の芯に寄り添ってくれている存在が山田さんの本だと思う。現に一度読んだ本はほとんど読まないくせに、購入した山田さんの本は全部家に置いてある。
今では早く大人になりたいと思うことは少なくなり、クールでいたいともあまり思わなくなったが、きっと私のどこかに今もそれは住み着いているのであろう。去年初めての彼氏ができたが、彼氏に最初につけられたあだ名は「女王」だった。
なんとも高尚なあだ名をつけられたものだが、せっかくつけてもらったあだ名、せめてかっこ悪くない程度には生きていきたいと思う。