就職を機に、一人暮らしを始めた。今年3月の初めに入居し、早いもので10か月目になる。
選んだのは、会社まで30分、家賃7万円、1Kのアパート。築年数は経過しているが、室内はきれいにリノベーションされており、2階の角部屋。陽当たりと、白地のアクセントウォールが気に入っている。
さて、私の実家は関東圏にあり、勤め先には1時間ちょっとで到着できる距離にある。周囲の、実家が同じように関東圏にある同期は、皆実家から通勤している。
先日、その内の一人から「自立していて偉いね」と言われ、複雑な気持ちになった。何故なら、実家から逃げたという思いが、胸をつかえたからだ。

両親との折り合いの悪い実家。息苦しくて逃げ出したかった

大学進学時に一番ウンザリしたのが、朝の満員電車だった。押し寄せる人の波、匂い、体温。始発駅でもなく、時折乗り換えを挟みながら立ちっ放しの1時間が、高校まで公立に通っていた身には苦痛で堪らなかった。
私の専攻には全国から学生が集まっていたので、一人暮らしをしている友人・先輩も多くいた。仕送りの額は個人差があるのだろうけど、大学近辺のきれいなマンションに住む彼らが、羨ましくて仕方がなかった。
両親との折り合いも悪かった。実家から通える範囲内という条件付きで、希望の専攻がある有名大学を片っ端から受験したが、ことごとく落ちてしまった。父を失望させ、母からはもの凄い剣幕で罵られ、入学して暫くの間は生きた心地がしなかった(浪人も禁止されていたので、為す術もなかった)。
その後も実家では、事あるごとに衝突した。進路(就職か院進学か)など比較的スケールの大きなことから、キッチンの使い方や掃除・洗濯のルールなど細かなことまで。
母は、自分以外が台所に入るのが、あまり好きではない人だ。推測の域を出ないが、誰かがキッチンで調理をすると物の位置を微妙に移動されたり、その人の作業の時間分ペースを乱される感覚が嫌なのだと思う。
父は父で、平日休日問わずテレビを観ていることが多く、子ども達のチャンネルの選択権は許可制だった。どうしても観たい番組がある場合は、お願いをするか、事前に録画予約する必要があった。

実家を脱出して気づいた。誰かと暮らす毎日に支えられていたことに

基本的に私にとっての実家は、両親がルールを作るものだった。私たち子どもは、あくまでも扶養されている(居候させてもらっている)オマケのような存在だった(と思っている)。そして私は、それ自体が悪いものだと感じていない。だって、社会も同じように回っているから。
会社も学校もルールだらけで息苦しいが(実際それで幾度となくドロップアウトするか迷ったが)、そのルールがなければ秩序は成立しない。正しいか正しくないかは問題ではないのだ。それが嫌だったら、然るべき方法で変えていくか、そこから逃げるしかない。
そんな経緯で私は、実家という、社会と呼ぶにはあまりにもスケールダウンした小さな社会から、脱出を試みた。
そして、逃げてから気づいた。誰かと暮らす毎日に、余りにも支えられていたことに。

ふとしたときに、話し相手がいる。
誰かが気まぐれで買ってきたコンビニスイーツを、コーヒーを淹れ、楽しむことができる。
スーパーに買い物に行けば、お会計した物を分担して持つことができる。
今は日曜日にまとめ買いをしても、スーパーからアパートまで徒歩10分の距離を、一人で乗り越えなくてはならない。
母も同じようで、離れて暮らすようになってから、頻繁にラインが届くようになった。近況報告もあれば、私宛てに届いた郵便物を知らせてくれることもある。父はラインこそやっていないが、土日にメールをすると、比較的直ぐに返信をくれる。

今の私は、一人で暮らす寂しさも誰かと暮らす息苦しさも知っている

皮肉なことに、離れてみて初めて、お互いの存在の重要性、誰かと暮らすということのかけがえのなさに気づいたのだ。もちろん、それは互いに拘束されるというアンビバレントを孕んでいるのだけれど。
誰かと暮らす不自由さ、それに伴う息苦しさと引き換えに、共に過ごし生活を豊かにし、充足感を得ることができる。つくづくこの社会は、単身者向けのものではないと感じる。一人で払うには割に合わない家賃・光熱費、スーパーの2、3人分パッケージングされた生鮮食品、ポストに入れられる宅配ピザの広告。

それにいよいよウンザリしたら、また誰かと暮らしてみるのも悪くないのかもしれない。幸い、賃貸の更新まで1年と少し猶予があるので、考える時間はたっぷりある。
そんな風に考えらえるようになったのは、一人で暮らす寂しさも、誰かと暮らす息苦しさも知っているから。今年(2021年)の年末は、ずっと帰っていない実家に、妹と共に帰省する予定だ。
どんな手土産を持って行こうか、どんな顔をして帰ろうか。帰省初心者のためか、最近はふとそんなことを考えながら、アパートの6畳の一室で過ごしている。