わたしに旅が必要な理由。
それは、旅が私の知らない私を教えてくれるからだ。
そして、旅先で出会うたくさんの人たちが、私の居場所を教えてくれるからだ。
そう思うようになったきっかけがある。

憧れの道を歩んでいるのに、毎日に「悲しい」という気持ちを抱いた

3年前、私は大学生だった。
幼い頃からずっと助産師になるのが目標だった私は、大学に入り、3年目の冬を迎えていた。
看護系大学というのは思っていたよりも大変で、授業は朝から夕方までぎゅうぎゅう詰め。終わってからも勉強やレポートに明け暮れていた。
自宅から約30分離れた大学に、私は車で通っていたのだが、ある時、気付いたことがある。

朝、ふと空を見ると真っ暗で、帰るとき、ふと空を見ると真っ暗なのだ。
朝、日が昇る前に登校し、夕方、日が沈んでから帰っていたからだ。
あと、もう1年頑張れば、憧れの助産師になれる。
高校に入るのも、大学に入るのも苦労した。これくらい、楽勝だ……。
そう思っていたはずなのに。
なんだか、そんな毎日に「悲しい」という気持ちを抱いてしまった。
憧れの助産師の道を歩んでいるというのに。

友人との温泉旅行。初対面の女性の何気ない言葉

その年の秋頃、勉強も一段落したあるとき、友人と大分の別府に旅行にでかけた。
1泊2日と短い旅行だが、温泉旅館に泊まり、疲れを癒そうという旅である。
中学生の頃からの友人3人と出かけたのだが、3人とも大の温泉好き。たまに集まれば、帰りにはいつも温泉がつきものだった。

その時泊まった宿には、いくつかの温泉があり、その宿だけでも十分くらいだったのだが、近くの打たせ湯にも無料で入れるというサービスがついていた。
せっかくだったので、1日目はその宿の温泉を楽しみ、2日目の朝、出発する前にその打たせ湯に入ることにした。

次の日、その打たせ湯に向かった。
時間は、朝の6時。まだ、ほとんど人通りはなかった。
一緒に行った友人のうち、1人はまだ眠っていて、もう1人と一緒に出かけたが、男性だったので、お風呂に入るのは私ひとり。
脱衣所にも、湯船にも誰もいなかった。
「貸し切りだ~」とわくわくして入った、その直後に私の母と同じくらいの方が1人で入って来られた。
全く知らない女性だったが、その方は私にこう話しかけた。
「どこから来たの?」
人見知りな私は、初対面の人と話すのはとても緊張してしまう。
1人でゆっくり温泉を楽しむつもりだったのに、と最初は思うが、無視するわけにもいかない。
その女性の問いに受け答えをしていると、その方は私にこう言った。
「まだ、そんなにお若いのに、一緒に温泉を楽しめるお友達がいるのは素敵ね」と。

私が今まで知らなかった、新しい私に出会わせてくれた貴重な機会に

それを聞いて、私ははっとした。
その友人との旅行は初めてではなかったが、友人たちをそんな風に思ったことは一度もなかったからだ。
私は嬉しく、胸が温かくなり、短い時間であったがその女性との会話を楽しんだ。
そして、この旅が終わったときに思ったのだ。
好きなことを一緒に楽しめる友人と、好きなこと、旅を楽しめる時間が私にはとても幸せを与えてくれる時間なのだと。
今まで自分自身では気づかなかったことに気づかせてくれた、その旅人の女性との出会いは、私が今まで知らなかった新しい私に出会わせてくれた、とても貴重な機会だっだと。
私には、この旅が、この出会いが必要だったのだと。

旅が終わると、私はまた学校生活に戻った。
助産師になるためには、授業にも必要なことがたくさんあった。
実習、卒業論文、国家試験……。あっという間に1年は過ぎ、気づけば卒業の春を迎えていた。

せわしない毎日。私が知らなかった時間の使い方を教えてくれた旅

すべてが一段落し、国家試験の結果を待つのみとなった時、私は卒業旅行に出かけた。
行き先は、ハワイ。初めての海外旅行だった。
初めての海外ということもあり緊張したが、ハワイは驚くほどに温かく私たちを迎え入れてくれた。
ゆっくりと穏やかな時間が流れ、空や海は見たこともないくらいに青く澄んでいて美しかった。ハワイで出会う人たちは、外国人である私たちにも、とても優しく親切にしてくれた。何も言わずとも綺麗な写真を撮ってくれたり、何も聞かずともおすすめや一番を教えてくれたりするのだ。
そんな旅路で、私はまたふと、あの別府の旅を思い出した。
やっぱり私には、旅が必要だ。

旅はせわしない毎日を生きる私に、私の知らなかった時間の使い方を教えてくれた。
やりたいことのために進んでいたはずなのに、いつのまにか狭い道に進んでいた私に、広い場所を教えてくれた。

この2つの旅は、私に旅が必要なことを教えてくれた。
私は、私の知らない私に出会い成長する。
私の知らなかった時間や見失っていた居場所に導き、新たな私をつくっていく。
私はこの先も旅を続けていくだろう。
私には旅が必要なのだから。

そしてもっと多くの新しい自分と出会い、今度は別の誰かに、あの時の女性のように、旅が教えてくれる素晴らしいものの数々を伝えていきたい。
今度は私が、旅に出てきた人を温かく迎え入れ、誰かを癒し、居場所を伝える。
そんな存在になれるようになりたい。
これからもたくさんの旅で出会いと経験を重ねて……。