特集:2022私の宣言

東京で疲れ帰ってきた私を癒やしてくれたのは、故郷の恵みだった

2022私の宣言

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東北の片田舎生まれで育った私は、出身ガチャにハズレてしまった

私は東北の片田舎に生まれ育った。
子供の頃からだだっ広い田園風景のことがあまり好きではなかった。流行りのものはすぐには手に入らいない。ダサくて時代遅れなこの街が、イヤでイヤで仕方なかった。最近よく耳にする「○○ガチャ」という言葉に当てはめると「出身ガチャ」は私にとってはハズレである。

高校卒業後、私は生家を出て憧れの首都圏の大学へ進学した。しかしながら首都圏といってもキャンパスは自然豊かな場所にある。そこでは私の田舎コンプレックスは解消されることはなかった。
大学卒業後、私はUターン就職をした。地元ではそれなりに安定した企業。親も祖父母もとても喜んでくれた。まだハタチそこそこの私は納得がいかなかった。せっかくの若い時間をこんな田舎で消費していいのだろうか、自問自答の日々が続いた。

もっと自分の能力を活かせる仕事をしたい。自分の可能性を試してみたい。そんな気持ちから私は上京することにした。当時の私はやる気と希望に満ちあふれていた。

やりたいことのために上京も、残ったのはボロボロになった私だけで

都会での生活はトレンドのアイテムがすぐに手に入り、話題のスポットを訪れたりそれなりに楽しいものだった。しかしながら何故か満たされない日々が続いた。
大都会に一人きりでいると「こんなにたくさんの人がいるのにどうして私は一人きりなのだろう?」と感じてしまい、楽しげに笑う若者たちやカップルのことが恨めしく思えた。

結局上京して数年が経ち、未曾有の疫病が流行し始めた頃、私は仕事を失った。そう言えばそれっぽい理由に聞こえるが、本当はその頃には仕事でもプライベートでも限界が来て、逃げるように帰って来たのだ。

俗に言うところの「都落ち」である。やりたいことや叶えたいことがあって上京したものの、結局何も手に入れることができなかった。残ったのは激務に耐え、人に裏切られ続けてボロボロになった私だけだった。

もう二度と戻ることはないと決めた生家に帰ってきた。恥ずかしさから地元を出歩くこともできなかったが、外出自粛の世の中の流れには少なからず救われた部分がある。
「自分ははどこで間違えてしまったのだろう?」
そんな鬱々とした気分の中で訪れたのは、生家の裏山であった。祖母が亡くなってからは誰も手に付けていなかったが、そこには四季折々の自然の恵みがあった。

自然の恵みに感謝し、季節を愛でる生き方は、疲れた私を癒してくれた

初夏には梅がたわわに実っていたので梅酒を作った。夏はブルーベリーが鈴生りになっていたのでジャムにした。秋は渋柿が売りに出されるほど成っていたので干し柿にした。

自然の恵みに感謝し、季節の物を愛でる昔ながらの生き方は、都会で疲れ切った私に癒やしを与えてくれた。皮肉にもイヤでイヤで仕方なかった「田舎」というライフスタイルに救われていたのだ。何ならこの伝統的な生活様式はSDGsの取り組みにもなって、誇らしくも思えた。
そういえば、祖母が生きていた頃に作ってくれた味噌は美味しかった。次のシーズンに挑戦してみよう。

与えられた環境の中でどう工夫して生きるか、これが私がこれまで足りなかった部分だっだ。かつて都内の友人に地元の新米や日本酒を贈ったときにもとても美味しいと大層喜んでくれたことがあった。これから何でも毛嫌いをしないで良い部分にも触れてみよう。
「足るを知る」「多角的な視点を持つ」。自分も周りももっと生きやすい世の中にするために。

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