味方ではなかった家族や医者たち。私を肯定してくれたのは言葉だった

いつか、大切にしている本についてのエッセイを書いてみたかった。
言葉に救われたこと、言葉の持つ力を、自分の言葉に乗せて誰かに発信し、そして残しておきたいと思ったからだ。だから今の私は、やりたいことが出来て、とてもワクワクした気持ちである。
この本に出会ったのは、精神疾患になって仕事を休んでいるときだった。
休み始めたときは、うまくいかないことばかりの人生に落胆していた。希死念慮だってあった。でも、何もしたくない、そんな気分が続いた。普段の生活をしているだけで、疲れたと感じることが多かったのだ。
ありのままの姿、自分らしさとは何だろうか?
自分らしく生きている人を見ると、すごく輝いているように見える。でも、ありのままで社会に出られている人は、どれほどいるだろうか。
私は、人からの評価を自分軸にしていた。否定されることを何よりも恐れていた。だから、性格も真面目で完璧主義で責任感が強い、気を遣う人になった。
そして、負けず嫌いだ。無理だとわかっていても、万人受けを狙っていた。
ありのまま、真面目に働いていたら、いつの間にか病気になった。どうやら、自分らしくいたら自分が辛くなるらしい。
カウンセラーには、仕事が好きではないから辛くなるのだと言われ、医者にはIQが低いから周りの人と仕事をするのは難しいと言われ、家族は仕方ないと思いつつも働いてほしいというオーラが出ている。
それに対して、私は辛いとしか言えないのだ。誰ひとり、仕事をしていた自分を肯定してはくれない。カウンセラーも医者も味方になってくれるであろうと頼っていた場所だったが、優しい言葉は返ってこない。
この辛さは誰にも伝わらないし、味方はいないのだと思っていた。ここに孤独な悲劇のヒロイン誕生である。
悲劇のヒロインを救ったのは、誰もかけてくれなかった自分を肯定する言葉たちだった。本の帯に書かれていた言葉に目を奪われた。
“今日、起きたこと100点。ご飯を食べたこと1000点。ちゃんと寝たこと100000点。”
私は何もない0点じゃないと思った。
働いていたときには「ちゃんと仕事に来てえらい」「これが出来たから100点だよ」と、先輩たちからの声が飛んでいた。実に優しい。優しいのだけれど、そんな現状に自分だけは満足していなかった。えらくなくていい、点数なんていらないから、ここから逃げたいと日々思っていた。
そこで出逢ったのが、「何もいいことがなかった日の君へ」(ナナチル著)だ。タイトルも今の私に合っているなと思った。Twitterフォロー5万人超のナナチルさんが綴る、269の言葉たちが1冊になった本である。
細かい字を集中して読む元気のなかった私には、字が大きく、読みやすかった。1ページ1ページ、めくる度に自分をどんどん肯定してくれているような感覚だった。自然と次々にページをめくる自分がいた。
「自分の価値は、誰かによって左右されるものじゃないんだ」
「逃げてでも生きた方が絶対にいい」
そう思う。いや、少しずつそう思えるようになった。新人という立場で、勝手に弱くなっていたが、負けず嫌いが故に強気な部分もある。誰に何と言われようと、自分が考える芯は変わらないし、自分が決めたことをやってみたい。
「やれば1%でもできるかもしれないけれれど、やらなければ0%」
過去を引きずって、行動に移せないままの自分だけど、ありのままが長所になる場所で、自分に出来ることをしていこうと思う。この本は、そんな勇気までもらえる。
私が書いている文章が、いつか誰かへ、孤独だと思っている人へ届くかもしれない。そんな僅かな希望に賭けて、味方になれるような言葉を私も書いていきたい。
今は周りが見れずに言葉も届かずにいるかもしれないけど、世の中には自分を肯定してくれる言葉が溢れている。どこの誰が書いている言葉なのか、わからないかもしれないけど、味方は目に見える周りの人達だけじゃない。本の中にだって、ネットの中にも味方はいる。
私にとって、この本はずっと私の背中を押してくれる、大切な1冊になること間違いない。
こうして読み返している今も、あのときの自分がこの本を手にとってくれて良かったと思っている。
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