肌は小麦色に日焼けし、黒髪を簡単に後ろでくくっていた女性

大学二年生の春休み、私は母と二人でマレーシアに旅行へ行った。
そこで立ち寄ったとある有名なモスク。鮮やかで美しい青色の壁や天井、そして細やかな装飾はどれも記憶に残っているが、そこで見たひとりの日本人女性もまた記憶に強く残っている。
その人が日本人だということは入口の来場者名簿での日本語名ではっきりと分かった。またその女性は大きなリュックサック一つだけを背負って歩いていたから、おそらくバックパッカーでひとり旅をしている最中だろうと推測できた。

その女性はランニングするようなスポーティーな服を着ており、肌は小麦色に日焼けをしていて、真っ黒な髪は簡単に後ろでくくっていた。彼女は日本人の若い女性に多い、色白で茶髪、そして可愛らしいおしゃれな恰好をしているわけではなく、私はその人の顔すらも覚えていない。
しかしその人の背筋はぴんと伸びており、かっこよく、そしてどこか美しかった。

身構えず道を聞いたり、初対面の人とも雑談ができるように

その次の大学三年生の夏休み、私はその人のようになりたくて、生まれて初めてのひとり旅を決行した。一人で海外というのはまだ自信がなかったので、とりあえず一度も行ったことのなかった中部地方を一週間でぐるりと回った。
JRやローカル電車、バスを乗り継ぎ、夜には旅費の節約も兼ねてゲストハウスに泊まった。歴史のある神社仏閣や城を巡り、地元の水族館や歴史のある宿場町など、大学の友人との旅行では行かないような場所、そして地元北海道では見れないような光景が見れる場所を選択した。
初めてのひとり旅では電車やバスの乗り換え間違いや迷子、計画の変更等、いくつかの小さな失敗を経験した。そのすべてが今となってはどれも懐かしい思い出となった。

ひとり旅で、しかも慣れないような場所にいると嫌でも主語は自分となる。そうすると今まで知らなかった自分の好みや興味に気づくことができる。
伊勢うどんより私はこしの強いうどんの方が好きだな、私って牡蠣がけっこう好きだったんだ、神社の宝物館の展示ってすごく面白い、展示物の手作り感が溢れる説明書きは見ていてワクワクする……。こうしたちょっとずつの発見が私にひとり旅を癖にさせた。身構えることなく人に道を聞いたり、初めましての人とのちょっとした雑談もできるようになっていった。

道中で偶然読んだ雑誌にあった言葉が、すとんと落ちた

あれから数年、好奇心の赴くまま、大小あわせて何度もひとり旅を経験した。どの旅でも新たな発見があるし、少しずつ人としても強くなっている気がする。そしてなによりも自分の知らない自分を発見することもでき、将来やりたいことも増やすことができた。
ひとり旅で得られることって、きっとこんなことなんだろうなと思っている。

あるひとり旅の道中、偶然読んだ雑誌にこのような見出しが書いてあった。
「真の美しさは、その人の意志だと思う」
この言葉がとてもすとんと落ちた。マレーシアで見たあの女性のかっこよさ、美しさはきっとこういうことだろう。自分の興味や意志のまま、ひとりで強く行動する。きっとこれが彼女を美しく、素敵に見せていたのではないだろうか。

コロナ禍となってしまい、未だ海外でのひとり旅を実行することはできていない。しかし、自分の意志を持って行動をすれば、いつかはあの日見た美しさを得ることができるのだろうか。
私は自分を知り、あの日みた意志のある美しさを得るためにきっとまたひとり旅に赴くのだろう。