私には3つ年の離れた姉がいる。小さい頃は見分けがつかないくらいに似ていた二人だったが、思春期を迎えてから、性格の違いが顕著に表れた。
姉は典型的なオタク体質、私は男が絶えない恋愛体質。
全く趣向が違うからこそなのか、大人になった今でも私たちはすこぶる仲が良い。お互い実家を出られないのは、ある種のパートナー的存在だからなのだと思う。

そんな、一緒にお風呂に入るくらい、常に一緒にいる私たちだが、いわゆる恋バナはほとんどしたことがない。
姉が処女かもしれないというデリケートな理由もあるし、なんとなく姉妹であっても超えてはならないラインというものが存在していて、私のありあまるほどのロマンスについては表面上の会話しかすることができなかった。

私の結婚を望む姉と、結婚願望がない別れた彼は宿敵のようなもの

約2年間付き合っていた彼氏と別れたあの日。別れた直後は友人の家で、比較的酒の強い方である私が二日酔いになるくらいに深酒をした。
案の定、友人の家からの帰り道は非常に辛かった。残ったアルコールよりも失ってから気付く彼の存在の大きさに、相当ダメージを受けていた。
姉にきちんと彼の話をしたことはもちろんないが、やや年上で、結婚願望がないが私のことを愛してくれる人であることは言っていた。私のウェディングドレス姿を望む姉としては、宿敵のようなものだった。
だから、別れたということに対して、さぞ喜ぶのだろうと思うと、彼への情が残っている私に、姉の笑顔に耐えられる自信がなかった。

「もうすぐ家に着く。とりあえずお風呂入る」
業務連絡のようなラインを姉に送る。姉はいらすとやの緊張感のない和やかなスタンプで了解と答えた。かわいらしいスタンプと、即レスなところに、なんだか安心感を覚える。
今日こそ彼氏と別れると意気込んで家を出たので、姉も何が起きているかはわかっているはずだ。

ボディソープは消え、ベッドにはぬいぐるみ。全て不器用な姉の優しさ

彼と別れたという現実がまだ追い付いていない、ぼぉっとした頭でシャワーを浴びる。その時、いつものボディーソープがなく、代わりに姉がアイドルのライブ前のみに使う柑橘系のボディーソープが置いてあることに気付いた。

コロナ禍で、彼氏と会えない時期が続いた時、少しでも彼の存在を感じたくて、彼が使っているムスク系のボディーソープを買った。メンズ向けのものだったが、しっかり保湿もできるし、何より良い匂いで、彼に包まれているような感覚に溺れることが出来たので私はとても気に入っていて、すでに二本目だった。
そのボディーソープが、いつもの場所に置いていなかった。

シャワーを終えて、さっぱりとした夏の匂いに癒されながら自分の部屋に入ると、ベッドにはインテリアとして愛でていたぬいぐるみが私の枕で寝ていた。
これも、姉の所業である。恋愛には疎くて、どういう風に声をかけたら良いか分からない姉の、不器用な優しさに思わず口がゆるむ。

姉と顔を合わせ、涙と共に溢れる自分の思い。あぁ、もう大丈夫だ

友達の前では虚勢を張っていた私だったが、姉と顔を合わせるなり、涙が出てきた。支離滅裂な言葉を発しながら、私は姉へ胸の内を語った。
自分から別れたくせに、今すぐにでも撤回したいくらいに彼のことが大好きで、毎晩の電話がなくなると思うと、一睡もできないのではないかと思ったこと。実際、昨夜は全く眠れず、アルコールの熱にうだりながら何度も寝返りをうったこと。
姉は絶対に私のことを嫌いにならないという、親族だからこその信頼感があったからなのか、堰を切ったように自分の思いを吐き出すことができた。姉はちゃんと聞いているのか怪しく思うような適当な相槌で私の側にいてくれた。
あぁ、もう大丈夫なんだと安心する。
幼少期にいつも手をつないでいた姉は、今もなお私を心配そうに見つめ、守ろうとしてくれているのだから。