適当に書いた未来の自分年表で記憶にあるのは「26歳 結婚する」

中学生の時、学校の授業で「未来の自分年表」なるものを書かされた記憶がある。「将来のキャリアを考えてみましょう」とか「ライフイベントを想像して」とか言われたっけ。
当時はなりたい職業も生涯かけて成し遂げたい夢もパートナーもいなかった。だから時間の無駄だなと思いながら適当に書いた。だから詳しい内容なんて覚えていない。

でも、その中でも一つだけはっきりと記憶にあるのは「26歳 結婚する」の字づらだ。私は今年で24歳になって、うまくいけば大学院を巣立つ年齢。
26歳に本当に結婚するかと聞かれるとそこまで意欲的ではないけれど、過去の自分が決めた良い区切りだ。この2年で「大人」になりたい。そんな覚悟が、今はある。

私なりの「大人」の定義、それは「素直に幸せを受け入れられる人」だ。

これは個人的な見解だが、生まれてこの方、幸せな出来事しかなかったという人なんていないと思っている。誰だって話したくないことくらい抱えているはずだ、と。

一軍女子からの陰口で、「素直に幸せを受け入れられない私」が完成

私の高校は制服がなく、校則もあってないようなものだったのでおしゃれな服装はもちろんメイクもパーマもかけてよかった。いわゆる「一軍女子」みたいな人たちはみんなきれいで、必ず彼氏がいて、同じ女子でも憧れてしまうくらいだった。
でも、それと同時にコンプレックスも芽生えた。
眼鏡をかけた地味な私は「戦力外」で、引き立て役。誰かと付き合うなんて論外で、そんな浮ついたこと考えているようでは後々痛い目に合う。そう感じていた。
実際に、ちょっと好きな人のことを話してみれば、「でしゃばるな」「調子に乗っててうざい」みたいな。出る杭をまるでモグラたたきのように必死の形相で打ちにかかる「一軍女子」からの陰口はやんわりと風の噂で届いていた。

私には恋愛を求める資格はない。好きな人がいる幸せは受けてはいけない。こうして「素直に幸せを受け入れられない私」が完成した。

大学に入学してからコンタクトに変えて、おしゃれも勉強した。4月の頭に知り合って声をかけてきた人とノリで付き合って、ノリで処女を捨てた。そして、すぐに振られて私は捨てられた。あっけない1ヶ月だった。

大学デビューでフワフワしていた私にまたモグラたたきのハンマーが振り落とされた。
私は幸せになんかなれない。幸せになろうとしたら傷つく。

私が変わるきっかけになった、今付き合っているパートナーとの出会い

そんな私にも、本気で変われたきっかけがあった。今付き合っているパートナーとの出会いだ。
彼には自分の醜いところも、めんどくさい性格も、思い出したくない過去のことも全て曝け出している。そしてそれを大きな心で受け入れてくれている。さらに、結婚を前向きに考えてくれる優しい人である。

彼と付き合い始めのころは、私には不釣り合いなように思えてしまった結果、何度も恋愛感情を確認するようなことをしていた。今思えば迷惑なことをしていたと反省しているが、それだけ愛してもらうことに慣れておらず、抵抗感が強かったのである。
そうは言うもののやはり過去に受けた傷は重く、私は幸せになってもいいんだと心の底から思えてはいない。でも、いつまでもくすぶっていたくもない。
あと2年、パートナーに限らず、周囲の人からの愛に感謝しながら素直に受け取れる人に変わりたい。