18時55分。私は重い足を引きずりながら、職場の飲み会会場である個室風の居酒屋に到着した。
居酒屋の入り口には私以外の全員が揃ってわらわら話をしながら、開始時刻である19時までの時間をつぶしていた。
「そろそろ入ろうか」
職場内で一番役職の高い課長の声で全員店内に入る。私はふう、と大きく深呼吸をして店内に足を踏み入れた。

私はとある企業で総務や営業事務として仕事をしており、今年で4年目になる。
約10人の少人数で働くこの職場は、私以外全員男性でゴリゴリの体育会系だ。
今日は私の憂鬱なイベントの1つである全員参加の職場の飲み会がある日だった。

席に案内された課長は、脱いだジャケットを目も見ず私に手渡した

席に案内された後、課長はジャケットをいつものようにおもむろに脱ぎ、目も見ず私に手渡した。
私は受け取ったそれらのジャケットをハンガーにかけ、最後に入口に最も近いお決まりの席に座った。
「課長、お飲み物はどうされますか?」
「全員生で」
「承知しました」
私は店員さんに声を掛け、全員分の飲み物を注文した。あっという間に人数分の生ビールが到着し、課長が乾杯の音頭をとった。
「乾杯ー!」

ビールを一口飲み、私はすでにテーブルに置かれていたサラダや小鉢を人数分取り分ける。取り分けたサラダを手渡すと、隣に座る主任が言った。
「えー、もぴちゃん。俺、トマト苦手だから入れないでよー」
「そうですかー?知らなかったですー!(棒読み)それじゃ、こちらの入っていない方どうぞ」
(それじゃあ自分で取り分けろよ!)という心の声をぐっとこらえて、無理やりの作り笑顔でサラダを手渡す。もちろん彼からは「ありがとう」の一言もない。

次から次へと料理が運ばれて、私は自分の皿の料理を食べる暇もなく、上司たちの分の料理を取り分ける。後輩の1人がやっと「先輩、ありがとうございます」と言ってくれたけど「全然食べれてないし、俺が代わりにやりますよ」とは言ってくれなかった。

私は自分だけが給仕をしているこの状況に耐えられなくなり、後輩の1人に言った。
「ちょっとだけ代わりに取り分けお願いしてもいい?」
「あ、はい!分かりまし……」
と後輩の返答を制止するかのように、横から別の上司がヘラヘラ笑いながらこう言った。
「コイツが取り分けるより、もぴちゃんが取り分けてくれた方が美味しいから最後まで取り分けてよ」
(誰が取り分けたって、鶏の唐揚げも、もつ鍋も美味しいに決まってるだろ!!!)
ぐつぐつと目の前で煮えるもつ鍋のように、私のモヤモヤもぐつぐつ煮込まれていくのだった。

トイレで大きく深呼吸。彼からの優しいLINEで自分を奮い立たせる

20時20分。コースで注文していた料理もほとんどが提供され、酒が進んだ上司たちの顔はほのかに赤くなり、饒舌であそこのガールズバーの女の子が可愛かっただの、どこのキャバクラにはブスがいただの、聞いてるこちらも呆れるほど下品な内容の会話をしていた。
私は適当に相槌を打ちながら自分の皿の料理を食べていると、隣にいたトマトが苦手な主任が話しかけてきた。
「もぴちゃんは休みの日彼氏といつも何してるの?」
私は当たり障りのない世間話だと思い、その質問に返答する。

「映画見に行ったり、家で過ごしたりしてますよ」
「へぇ、家では何してるの?」
「一緒にテレビ見たり、ボードゲームしたりしてますかね」
「ふ~ん、他には?」
「他にって、そんな感じですけど……」
「他にもイロイロあるでしょ?夜とかさ~ね?」

上司のニヤニヤした表情に質問の意図が汲み取れてしまった私は「飲みすぎちゃったので、ちょっとお手洗い行ってきますね」と無理やり作った笑顔でその場をしのいだ。
女子トイレに入り、ふぅーーーと大きく深呼吸をする。スマホを開くと大好きな彼から「迎えに行くから飲み会終わりそうになったら連絡してね(´ω`)」とLINEが入っていた。
彼の普段と変わらない優しさに溢れそうになる涙をぐっとおさえて、あと少し頑張ろうと自分を奮い立たせて私はまた席に戻った。

女だからどんなことでもしないといけないの?女だから、なに?

席に戻ってからはひたすら早く終われ、早く終われと脳内で唱えながら適当に相槌を打ち、その場をやり過ごした。先ほどの主任からの質問には「どうですかねぇ~」と何度も適当な相槌をしていたからか私との会話は諦めて、近くの後輩とガールズバーの話で盛り上がっている。とりあえずほっとした。

21時00分。お開きの時間になり、私は上司へ挨拶を済まし、迎えに来てくれる彼の元へ急いだ。
「もぴちゃん、お疲れ様」
そう笑う彼のおかげで、憂鬱な時間も少しだけ救われた。

仕事を続けるために、波風を立てないように、私はセクハラまがいのことを周囲の男性から言われても今まで笑ってごまかしていたし、料理の取り分けやお酒の注文も「女だから」やれ、と言われてそれに順応し続けてきた。

女だからどんなことでも言っていいの?
女だからどんなことでもしないといけないの?
女だから我慢しないといけないの?
女だから、なに?

煮込まれたモヤモヤはふきこぼれる寸前。目の前の“いびつな当たり前”から

それらに対するモヤモヤも無理やり飲み込みながら、この3年間仕事を続けてきた。だけど、どうやら私のモヤモヤもぐつぐつ煮込まれ続けたせいで吹きこぼれる寸前まできているらしい。
だけど、私は今の仕事が好きだから、このままこの職場で仕事を続けていきたい。すぐに思っていることを周囲に伝えて、これまでの姿勢を変えて反論するにはハードルが高いけれど、口調や表情を和らげながらであれば反論を伝えたり、ささやかな抵抗をすることができるだろうか。
自分なりに様々な打開策を考えながら私はこの文章を打つ。

すぐには「わきまえない女」として凛と立ち振る舞うことは難しいかもしれないけれど、少しずつこれまでにあった“いびつな当たり前”に抵抗して強くなっていきたい。
私は世の中の女性たちとともに、その中の1人として「女性はこうあるべき」という目の前にある“いびつな当たり前”から少しずつ壊していけたらいいなと思う。それと同時に私自身も「男性はこうあるべき」をパートナーや周囲の男性に押し付けないよう気を付けたい。

「男だから」とか「女だから」とかではなく、「あなただから」「君だから」「私だから」共に歩みたい、支えたい、と思える温かい世界になりますように。