もしも自分が男だったらこんな目に合わないんじゃないか、と思ってしまうような体験は、日常の中に潜んでいると感じる。
直感で感じる嫌な雰囲気。後ろを通り過ぎた男性は「グズ」と言った
18時間、忙しかったために完全に徹夜となった夜勤明けの日。
私は体力的に帰宅途中にあるコンビニに寄るのが精一杯で、普段ならコンビニで日用品などは買わないことが多いが、他のお店に行く気力もなく、6品ほど買い物かごに入れてレジに向かった。
品数が多いため、会計に時間がかかった。その時にそばにいる中年の男性から、なんとなく嫌な視線を感じた。この人はなんとなくヤバイ、関わりたくない、という野生の勘のようなもの。
会計が終わる、というときに、その男性は私の後ろを通り過ぎ、明らかに故意とわかる形でリュックサックにガッっと当たってきながら、「グズ」と言い捨てたのだ。
一瞬何が起こったかわからなかった。ぎゅっと体がこわばって、心臓が締め付けられるような気がして、動悸がした。
その男性がまだそばにいる気配を感じたから、背を向け、平静を装ってコンビニから出た。視線を合わせてしまったら、この人にもっとひどい言葉を浴びせられたり、暴力を振るわれたりするかもしれない、どうしたらこの場から、これ以上何もなく帰れるだろう、と怖かった。中年の男性に体格でかなうわけもなく、挑発したら何をされるかわからない。
道に出たあと、ふと後ろを振り返ったとき、その男性がこちらを睨んでいるのが見えた。
恐怖がこみ上げてきて、同時に目頭が熱くなった。
理不尽な目に会ったとき、何もないようにやり過ごす自分が悔しかった
どうしてこんな目に合わないといけないんだろう。
悔しくて情けなくて哀しくて、ムカついて、でもやっぱり悔しかった。
後ろからその男性につけられていないことを確認しながら、心の中で「サイテー、呪ってやる、あんなやつ苦しめばいいんだ」と唱えた。
こんな理不尽な目に合ってしまう自分が、そして怒りより先に恐怖が先立ち実際に理不尽なことをされたのに何もないようにやり過ごす自分が、悔しくてたまらなかった。
たまらなくなってTwitterにつぶやいた。
友人が「ほんと最低」「気にしないでね」「小指を机の角にぶつける呪いかけとくね」とリプライや直接のやり取りで慰めてくれた。
その日の私の見た目は、夜勤のためメイクはほとんどしておらず、髪もぼさぼさ、眼鏡をしていて、通勤服の全身ユニクロでモノトーンスタイルにリュックサック。
身長も160㎝足らず、こんな女性には何をしても反撃などしてこないとタカをくくられたのだろう。
その男性は、友人のいう通り、結構な年齢のくせに、自分より弱い立場と見なした人にしか強気になれない可哀そうな人。
相手を選ばないと声もかけられないような肝の小さい人。
知り合いでもない人に、グズ、と平気で言える無神経な人。
そんな自分より弱そうな人にだけ強気になり、鬱憤をぶつけてきて、自分の優位を感じたい最低な人。
でも、なによりも私は、そんな奴にこいつなら大丈夫だろう、と当たられ、結果自分は相手の思惑通りに反撃もせず大人しくいるしかなかったことが、情けない。
弱そうに見える女性だからこんな目に?思い出した電車での出来事
ただの最低野郎の、ただの八つ当たりに、偶然ターゲットになってしまっただけで、私は何も悪くない。
理屈としてはわかるのだけれど、もっと強めな印象の見た目なら、男性が一緒にいたなら、そもそも私が男だったら、その中年男性は同じような行動をとらなかったのかもしれない、と思ってしまう。
私が弱そうに見える女性だから、こんな目に合ってしまった。
男だったら、きっとこんな惨めな思いなんてしなかった。
そう考えながら、思い出した出来事があった。
以前、電車で座っていた時、目の前の席で貧乏ゆすりしイライラした表情でぶつぶつ言いながら、隣の席を睨みつけている老年男性がいた。
私はそもそも男性が怒っている姿や、怒鳴り声がとても苦手で、その老年男性の視界に入りたくないと身をすくめてしまった。
恐る恐る男性が何を睨みつけているのかと前を見てみると、睨んでいたのはその男性の隣に座っている男子高校生だった。
男子高校生は体が大きく、電車の一人分の席から少しはみ出ていて、イヤホンをしてゲームに夢中になっていた。
老年男性は席が狭まっていることが気に入らないらしく、あからさまに男子高校生に攻撃をしていて、その光景を見るだけで、私は自分が男子高校生と同じ目に合っているようで怖くなってしまった。
でも、その男子高校生は全く気にしていない様子だった。
イヤホンで外の音は聞こえていなかったのかもしれないけれど、動じる雰囲気はなく、老年男性に明らかに恣意的に足や肘を何回も当てられているのに、体をすくめたりすることもなかった。
そのうち老年男性は相手が何も反応しないことが不満だったのか、ぶつぶつ言うのも睨みつけるのもやめ、先に電車を降りて行った。
なくなれ、弱々しいオーラ。日常に起こる女性を自覚させられる瞬間
私にあの男子高校生くらいの度胸があったら。
理不尽に当たってくる人を相手にせずにいられたら。
何してるのこの人、ほっとこう、と堂々としていられたら。
嫌な気持ちや恐怖感を抱かずにいられたら。
そもそも、私はなぜ怒りよりも先に、怖いと思ってしまったのだろう。
それはたぶん、その中年男性が「こういう女なら、こういうことをしてもいいだろう」と思って私にしてきた、ということを、感じ取ったから。
どうして感じ取ったかといえば、今までの人生で些細なことでも大きなことでも、同じような目にあってきたことがあるから。
そういう時は恐怖心を隠して、なにもなかったように流すことが、一番自分の身を守る、と本能的に思っているから。
「こいつになら、こういうことをしてもいいだろう」と思われてしまう対象は、女性だけじゃない、女性だったからとか被害者ぶるな、と言われるかもしれない。
でも、された側は自分がなぜ対象にされたのか、わかっているし、感じている。
日常の予想しないときに起こる出来事に、自分が女性であることを自覚させられることが、どんなに惨めか。
いなくなれ、周りをむやみに傷つけて、自分が強いかのようにふるまう人。
なくなれ、私から出る弱々しい女オーラ。