「どこにもいたくない」
そう思った中学生の私は家出を決意した。
持ち出した荷物は少なく、貯めていたお年玉とお小遣い、携帯電話(当時はガラケーだった)、そして一食分くらいになりそうなパン、一冊の文庫本だけ。
それらをリュックサックに入れて、近所の神社に向かった。

私の悩みなど、生死の狭間で闘病する弟に比べたら大したことではない

神社は、小さな山のてっぺんにある。そこまでは長い階段をのぼらなければならない。上へ、上へとのぼっている最中は、天国へと逃げているような気分だった。

中学生の頃、私は誰にも悩みを話さなかった。家には、誰かいたり、誰もいなかったりした。両親は、先天性の病を持った弟の看病をしていた。弟は遠い山奥の病院で暮らしていたので、母とゆっくり会話する時間はなかった。家にいるときも、いつも母は不安そうだった。

だから、私のしょうもない悩みなど話すべきではないと思っていた。
例えば、部活内でいじめがあること。スクールカースト。教師の暴論。将来への不安。眠る時、痛くてたまらない乳房。PMSによる憂鬱。極めつけは、性被害にあったこと。
そのどれもが、「生死の境をさまよいながら闘病する弟」に比べたら、大したことではないと思っていた。

町で痴漢にあうなんてことは、よくある話だろう。でも、私にとっては、それが初めて遭遇した、理不尽で性的な出来事だった。初めて付き合った男の子と手を繋ぐ前に、好色な男が、私を女として品定めする目を知った。
衝撃をうけ、私は夢の中にいるような気分で、友達にそれを話した。できるだけ面白可笑しく語ろうとした。けれど、誰も笑ってくれなかった。
一番仲が良く、いつもふざけ合っていた友達が、「先生に言った方がいいよ」なんて真面目な顔で言うもんだから、もうこの件は誰にも言わないと決めた。
もちろん、両親にも話したことはなかった。そして、どんなに落ち込んだ気分でも学校は休まず、愛想よく過ごすようにした。

展望台からの美しい景色を見ていても、心は日常にとらわれたまま

私はホームレスのおじさんみたいに、ベンチの上で寝転がっていた。家出中というのはとにかく暇だった。
やることが思いつかないので、神社の展望台に上ることにした。空が綺麗で、落ちてきそうだと思った。しかし、美しい景色を見ていても、心は日常にとらわれたままだった。
いつもなら、あの小さな家に帰る頃だ。そして決まった日課をこなし、両親に拒絶した態度をとり、先生に怒られないために宿題を解き、夜は馬鹿みたいに同じことで悩んで、眠れずに朝を迎える。
しかし、今日私はそこから脱線した。母はなんて言うだろう。無責任なことをした、可愛げのない私に呆れて、私を見捨てるかもしれない。
ふとケータイをみると着信がたくさんあった。母からだった。私は一瞥して、こらえながら空をまた見た。
帰りたいだなんて、思うべきではない。それにしても自分はなんて馬鹿なのだろう。「どこに行っても、私はおんなじだ」と、痛いほど理解した。

母に抱きしめられた瞬間、急速にあたたかい血で満たされた

日が沈みかけた頃だろうか。突然後ろから声がした。振り向くと、私の名前を呼ぶ母の姿があった。
母は見たことがないくらい憔悴していた。弟の病気がわかったとき以上に、涙を流していた。見つけてすぐに私を抱きしめた。
何か言っていた気がするけれど、覚えていない。たぶん「無事で良かった」とか「ここにいると思ったの」とか、そんなことだった。
私の鼓膜は、何も聞こえないほど熱く熱く膨張していた。固く冷えきった身体は、母に抱きしめられた瞬間、急速にあたたかい血で満たされた。私はそんな体温の変化に茫然としていて、涙が出ていることにも気が付かないほどだった。

その日は土曜日で、父も車で私を迎えに来ていた。母と一緒に神社を出て山を下りると、父が車のそばで、こちらに向かって手を振っていた。
気まずい気持ちで車に乗り込むと、父は軽い口調で、
「まあ、人生そんなこともあるな」
と笑って言った。

母が、あの日抱きしめてくれなかったら、私はどうなっていたのだろう

それから6年後。私は成人式の朝、両親と、例の山の上の神社へ向かった。クリーム色の振袖は、母が決めたものだった。
「振袖なんていいよ、お金もかかるし」
と断る私に、
「いいからいいから」
と珍しく強く母が勧めてきたので、仕方なく着させてもらうことにした。

参拝をして、手を合わせながら、私は「あの日はありがとう」と神様に念じた。
そしてたくさん写真を撮った。思えば私と両親が写真を撮るのは、本当に久しぶりだった。
母が、あの日抱きしめてくれなかったら、私はどうなっていたのかわからない。神様が居場所をくれたのだ。

公民館での成人式も終わり、重たい振袖を脱いで、やっと落ち着いた。全力でだらけながらこたつでテレビを見ていると、母が話しかけてきた。
「一人暮らしは順調?」
私は大学進学をきっかけに、京都で一人暮らしをしていた。
「……うん、まあまあかな。楽しいけど、家事が面倒だね。お母さんの大変さを感じたよ」
ポツリポツリというと、母は満足げに笑って、そういえば……と思い出したようにこう続けた。
「若いんだから電車とか、気を付けないとだめだよ。お母さんでも、若い時は痴漢に遭ったもんよ」
それを聞いて私は、ふと思い、出来るだけさりげない風に装って言ってみた。
「うん、でも別に……もうとっくに遭ってるし」
それを聞いた母は、はっとして、少しだけ顔に影が差した。しかし特に何も言わなかった。私も、何ともないふりをしてテレビを見つつ、胸の中で、中学生の時の私のことを思っていた。なんだか思いがけず、小さな復讐を遂げたような気持ちがした。