私には、何度も何度も手に取っては、そっと戻してしまう本がある。
私が生まれた街は、地域ぐるみで読書に力をいれていたため、学校や地域の図書館は本であふれていた。そんな素敵な場所で育った私は、小さい頃からたくさんの本に触れる機会に恵まれていた。本は身近な存在だった。

あんなに読んだ本の中身が私から抜け落ちてしまった気がした

しかし、中学校卒業と同時に市外の高校に通うようになってからは、勉強や部活に追われ、時間を見つけてはSNSを眺めている、そんな時間の使い方のほうが楽しく、読書をほとんどしなくなっていた。
今ではあんなにたくさん読んでいた本のタイトルや内容を思い出せない。私の考えを変えるような衝撃を与えた本の記憶もない。ただただ読んだという事実が残っただけ。薄っぺらな大人になってしまったみたいだ。
でも、もしかしたら今の私の思考や行動など、知らず知らずのうちに得ているものがあるかもしれない。少しでもいいから、そう願いたいなと思うし、そうであって欲しい。

読書に耽る日々を取り戻した。だけど、あの本だけは読めないまま

昨年体調を崩して、仕事を辞め専業主婦になってから、また読書を再開した。
生まれた街の図書館よりかなり小さいが、こじんまりとした感じが心地よく、二週間に一度通っている。こんなにたくさんの本に触れているのはいつぶりだろう。近頃はSNSに触れることばかりで疲れていた私の癒しになった。
様々な本に出合うのが楽しい。大人になって読書の楽しさにまた気が付いた。今度は忘れないようにと、読書専用ノートを作り、感想や心に留めておきたい言葉を書いている。

ただ、今すぐにでも読みたいのに読めない本がある。
冒頭で書いた、何度も何度も手に取っては、そっと戻してしまう本。
それは、サン=テグジュペリ作の『星の王子さま』だ。
小さい頃から何度も見たあの表紙や、聞いたことのある名言「大切なことは目にみえない」。他の本の内容は覚えていないのに、あの表紙と名言だけは鮮明に脳裏に焼き付けられている。

「名作」だからこそ、読むのが怖かった

誰もが知っている名作、名言。
少しでも早く触れた方が得ることもあるのにと、わかってはいるけどできない。
「大切なことは目にみえない」という名言もその言葉だけで十分理解できるし、実体験でもあるけれど、本を通して触れたほうがもっともっと深く理解できるかもしれない。
小さい頃に読もうとして読めなくて、大人になった今も手に取っては戻してと、同じことを繰り返している。
これだけ世界中に愛されている名作を、私は理解できなかったらどうしよう、ひとつひとつの言葉を受け取れなかったらどうしよう、自分の中に落とし込めなかったらどうしようと考えすぎてしまうのだ。
それは小さい頃も今も変わらない。完璧主義な私に気が付いた。読書はもっと気軽に触れて、いろいろな世界を見せてくれるものなのに。

自分の完璧主義に気づかせてくれた、それだけでも価値がある

私は、『星の王子さま』を勝手に遠い存在にしていたようだ。しかもこの一冊だけ。
どうしてなのかわからないけど、小さい頃の私は全部の言葉を受け取らなくちゃ、と考えすぎていたのだと思う。それが無意識の内に心に染みつき、大人になっても手に取れなかった理由なのかもしれない。
元々完璧主義なのは気が付いていたけれど、これを書いて整理していて読めなかった理由がやっとわかった。本を選ぶことにまで、完璧主義が出ていたようだ。

今度は本屋で手に取ってみよう。そしてほかの本と同じように、気軽に読んでみよう。
新たに得ることがあるかはわからないけど、気づきはあったのだから。