私には、憧れの女の子がいる。自分の道を軽やかに進む、強くて明るい女の子。私の頭のなかにいる女の子。

サクラは、私がつくりだした物語の主人公。小学校6年生の頃、とあるゲームにどっぷりハマった私は、そのゲームの世界を舞台にしてオリジナルの物語を作り始めた。物語といっても頭のなかで断片的なお話を組み立てる、くらいのもの。文字にもしていないので、二次創作にも満たない妄想だ。
主人公は、意志が強くて明るい女の子。名前は、好きな花の名前を取って「サクラ」と名づけた。

強くて明るくて、自分の意思を貫ける女の子でありたい

その頃の私は、勉強はそこそこだけど運動が苦手、クラスメイトとも仲良くなれず、人の目を気にしてばかりの子どもだった。しかし、彼女は違う。彼女はいつだって物語の主人公にふさわしい。意志を貫き、立ちはだかる困難を乗り越えて、自分の道を軽やかに歩いていく。その姿が、私にとっての救いであり、灯火のような存在でもあった。中学で仲良しグループから仲間外れにされたときも、高校に上がってそれなりに人間関係が改善してからも、ふとしたときにサクラのことを思い浮かべた。

私自身もいつか、サクラのように強くて明るい女の子になりたいと願っていた。自分の意志を貫ける女の子でありたい。サクラがそうであるように、私は私の物語の主人公でありたい。あのヒロインは、私のなりたい自分そのものだった。

迷ったとき、悩んだとき、彼女ならどうするだろうと考える

いつしか、彼女は「私のひとつ年上」ということになっていて、私たちは一緒に歳を重ねていった。しかし、私がお酒を飲めるようになる頃には、「私はサクラのようには生きることができない」と気づいた。

彼女の背中を追いかけていたから、これまで生きてこられた。でも彼女のような、他の人と違う道を切り開き、軽やかに進む「主人公」にはなれはしないのだ。旅の果てに私がなれたのは、言われた仕事を必死でこなしてお給料をもらって生きる、ただのいち社会人だった。サクラに投影した理想とはほど遠い。

しかしそれでも、サクラの眩しいまでの輝きは曇らない。どうかそうあってほしいと願う。彼女をつくりだした私が、いくら現実を見て諦めを知って、あんなヒロインは妄想に過ぎないと気づいたとしても、彼女は私のように卑屈にならないでいてほしい。
むしろそう願うから、彼女が止まることはないし、私の憧れでい続ける。そして、私は迷ったとき、悩んだとき、彼女ならどうするだろうと考える。彼女は諦めないし、自分の信念を曲げない。私の頭のなかにしかいない、架空のヒロインは、やはり今も私の道しるべなのだ。

彼女を追いかけて、私は一歩を踏み出せる

昔の私は、オトナと呼ばれる歳になる頃にはサクラとはお別れし、きちんと自分の人生だけを歩いていくんだろう、と思っていた。妄想なんて「イタい」こと、人には絶対に言えないことだった。しかし、二十歳をだいぶ過ぎても、サクラと私のつきあいは続いている。たまにLINEのやり取りをする親友、くらいの存在感で、私と共生している。

どんなに私が気弱でも、サクラは彼女の物語を自由に生きている。その姿が頭にあるから、私も理想の自分を諦めないでいられる。生きる世界が違う、歩幅も違う、どころか、存在すらしない彼女。そんな彼女を追いかけて、私は一歩を踏み出せる。強く、軽やかに、自由に。